北方領土遺産
ソ連軍の北方四島侵攻と占領を至急電で伝えた根室国後間海底電信線陸揚施設(通称・陸揚庫)のプロモーションビデオ(34分)と啓発用パネル(30枚)が完成しました。4月22日(土)午後1時30分から、根室市内の道立北方四島交流センター(ニホロ)でお披露目の上映会と…
終戦直後まで北方領土・国後島と根室をつないでいた根室市の通信用海底ケーブルの陸揚げ施設「根室国後間海底電信線陸揚(りくあげ)施設」(通称・陸揚庫)の保存・活用方法について、同市の専門家会議は25日、全体を透明な特殊ガラスで囲う「覆い屋」方式…
【根室】終戦直後まで根室と北方領土・国後島をつないだ海底電信線の中継施設「陸揚庫」に関し、根室市の専門家会議分科会が25日、保存と活用に関する報告書案をまとめた。北方領土関連の歴史的建造物である点を考慮し、次の世代に領土返還運動を引き継ぐ…
【根室】終戦直後まで根室と北方領土・国後島をつないだ海底電信線の中継施設で国登録有形文化財の「陸揚(りくあげ)庫」について、根室市による保存活用法を協議する専門家会議分科会は25日、特殊ガラスなどを用いた建築物(覆屋)で囲う案を報告書に盛…
昭和8年に出版された「根室千島両国郷土史」(本城玉藻編)に、択捉島・振別に関する興味深い記述がいくつか出てくる。 「◎振別湾 振別村は本島最古の旧跡にして史跡、又累々たり。今は荒廃して、僅に漁家三戸永住するのみなり。古都の周囲高丘には幾多の記念…
北方四島には元島民の墓地が52カ所確認されているが、そこから除外されている日本人の墓が択捉島の振別に存在する。元島民が島に渡るよりももっと前、江戸時代末期に、南下を図る帝政ロシアの圧力から島々を守るため派遣された各藩の藩士たちの墓だ。約20基…
北海道博物館は4日、羅臼町郷土資料館で、公開講座「未来につなぐ北方四島の歴史・文化」を開いた=写真=。江戸時代後期に択捉島の松前藩士の墓に、厚岸町の寺院の僧侶が法要に墓参していたことが報告され、講演した北海道博物館の東俊佑学芸員は「江戸時代の…
【利尻富士】「利尻富士町の文化遺産を生かした学び交流事業活動展」(町教委主催)のパネル展示が19日まで、鴛泊港フェリーターミナル(海の駅おしどまり)で行われている。 会場には、石崎地区にある通信用海底ケーブルの中継施設「陸揚庫(りくあげこ)…
1855年の2月7日に結ばれた日ロ通好条約。この条約で択捉島と得撫島の間に国境線が定められたことから2月7日は「北方領土の日」と制定されています。返還はいまも実現されず元島民の高齢化が進む中日本人が住んでいた証が先月、島から消えてしまいました。択…
北方領土で最も大きい島、「択捉島」。 実は函館と深いつながりがあることをご存じでしょうか? かつて島には函館から多くの人が行き来し、漁業の発展を支えてきました。択捉島が函館の経済圏として「函館市択捉町」とも呼ばれていたほどです。しかし今、そ…
北方領土創作絵本/「ばあちゃんのしべとろ」1ページ - 根室振興局地域創生部北方領土対策課 (hokkaido.lg.jp)択捉島蘂取(しべとろ)村で生まれ育った三船志代子さんが村の暮らしをつづった絵本「ばあちゃんのしべとろ」(瑞雲舎)は、いつか孫に話すつも…
7日は「北方領土の日」です。北方領土に隣接する根室市には「陸揚庫」と呼ばれる施設があります。かつて根室と北方領土をつないでいたこの施設を守り続けようとするある家族を取材しました。(NHK北海道NEWSWEB 2023/2/6) https://www3.nhk.or.jp/sapporo-ne…
7日は「北方領土の日」。1855年に択捉島とウルップ島との間に日露の国境線を引くことを決めた日露通好条約が結ばれた日だ。ロシアによるウクライナ侵攻で平和条約交渉が一方的に中断されたばかりか、四島交流の合意が破棄され、元島民らによる古里訪問の機会…
北方領土の択捉島の中心地・紗那(しゃな)(ロシア名・クリリスク)で、第2次世界大戦前の1938(昭和13)年に日本人の手で建設された旧紗那国民学校の建物が焼けた。北方領土を実効支配するロシア・サハリン州などのメディアが伝えた。旧ソ連軍による択捉島…
「北方領土の日」の7日、四島の返還を訴える集会が根室市や東京都内で開かれる。日露間の領土交渉が途絶える中、旧ソ連に不法に占領されるまで島との通信拠点だった歴史的建造物の保存と活用を求める声が強まっている。元島民らは「本土に残る貴重な施設で、…
【根室】3世代にわたって北方領土と向き合う一家が、根室市にいる。国後島出身の久保幸雄さん(87)は8歳で視力を失ったが、記憶に残る故郷の姿を語り伝えてきた。その思いに応えるように、息子の浩昭さん(55)は北方領土に関わる歴史的建築物の保存…
北方領土の択捉島の中心地・紗那(しゃな)(ロシア名・クリリスク)で、第2次世界大戦前の1938(昭和13)年に日本人の手で建設された旧紗那国民学校の建物が焼けた。北方領土を実効支配するロシア・サハリン州などのメディアが伝えた。旧ソ連軍による択捉島…
北方領土にルーツを持つ著名人と言えば、国後島・古丹消生まれの猪谷千春さんだろう。1956年冬季五輪スキー回転競技の銀メダリストだ。「なぜ国後生まれの若者が」と、調べていくうち、古丹消への移住を決意し、島民にスキーの滑り方や板の削り方、独自開発…
終戦直後まで根室と北方領土の国後島をつないだ海底電信線の中継施設「陸揚(りくあげ)庫」に関し、根室市内で1月21日に行われたシンポジウムでは、専門家らが具体的な保存や活用の方法について議論し、参加者もさまざまな意見を提示した。詳細を報告す…
ソ連軍による北方領土侵攻と占領をリアルタイムで根室側に伝えた通信施設「根室国後間海底電信線陸揚施設」(通称・陸揚庫)の建築年が、とうとう明らかになった。陸揚庫について調べ始めて13年。さまざま昔の公文書をあたってきたが、陸揚庫に関する記述はま…
以前、北方領土遺産「四島の遺産たち」と題して「解体された択捉島の紗那郵便局の跡地から見つかった半鐘」について書いた。 2015年6月9日、日本が建てた択捉島の紗那郵便局が解体された。その際、玄関向かって右側の地中から、煤と油にまみれた「半鐘」が布…
終戦まで根室市と北方領土の国後島を結ぶ通信中継拠点だった国登録有形文化財「根室国後間海底電信線陸揚施設」(根室市西浜町)が、1929年(昭和4年) 9月の建築であることが北海道大付属図書館蔵の資料から明らかになった。(読売新聞北海道2023/1/25) 根室市で…
北海道で北方四島の自然や文化の継承に取り組む専門家らが「未来につなぐ北方四島の歴史・文化」と題して現状と展望を報告するフォーラムが14日、富山県黒部市の市コミュニティセンターで開かれた。富山県は北方四島からの引き揚げ者が北海道に次いで多く、…
終戦直後まで根室と北方領土の国後島をつないだ海底電信線の中継施設「陸揚(りくあげ)庫」に関するシンポジウムが21日、市内で行われた。市の専門家会議の委員4人が、陸揚庫の具体的な保存や活用の方法について市民を前に議論した。(北海道新聞釧路根室…
終戦直後まで北方領土の国後島と根室市をつないでいた海底ケーブルの中継施設、通称「陸揚庫」について、市の専門家会議は今年度内に保存と活用に向けた具体的な方向性を示すことを明らかにしました。 根室市に残っている通称「陸揚庫」は、北方領土に日本人…
終戦直後まで北方領土の国後島と根室市をつないでいた海底ケーブルの中継施設、通称「陸揚庫」について、市の専門家会議は今年度内に保存と活用に向けた具体的な方向性を示すことを明らかにしました。根室市に残っている通称「陸揚庫」は、北方領土に日本人…
北方領土に残る「最後の木造日本建築」といわれる択捉島の「紗那(しゃな)国民学校」(旧紗那尋常高等小学校)の校舎が17日未明、焼失した。択捉島在住のロシア人から千島歯舞諸島居住者連盟(札幌市中央区)に連絡があった。出火の原因は不明。地元紙「赤…
終戦直後まで北方領土・国後島と根室をつないでいた通信用海底ケーブルの陸揚げ施設「根室国後間海底電信線陸揚(りくあげ)施設」(通称・陸揚庫)の調査報告会が21日、北海道根室市の道立北方四島交流センターで行われ、市は保存に向けて三つの案を示した…
北方領土択捉島で戦前に日本人が建設し、現在まで残っていた旧紗那(しゃ な)国民学校の校舎が17日、全焼した。同島の地元紙「赤い灯台」などロシアメディアが伝えた。ロシアの実効支配が続く北方領土で日本人が暮らしていた歴史を伝える貴重な財産が失わ…
終戦直後まで根室と北方領土・国後島をつないだ海底電信線の中継施設で、国登録有形文化財の「陸揚(りくあげ)庫」の保存に向けて、根室市は20日、市の専門家会議で特殊なガラスなど透明な建築物(覆屋)で囲う案など3案を提示した。市は新年度にもいず…