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根室の陸揚庫保存・活用策探るシンポ詳報 今の場所・姿で/時間経過による劣化も価値

 終戦直後まで根室北方領土国後島をつないだ海底電信線の中継施設「陸揚(りくあげ)庫」に関し、根室市内で1月21日に行われたシンポジウムでは、専門家らが具体的な保存や活用の方法について議論し、参加者もさまざまな意見を提示した。詳細を報告する。(北海道新聞根室版2023/2/1)

北方領土対策監の谷内紀夫さん 

 陸揚庫には立地と景観の絶対性がある。国後島を望む場所にあり、北方領土のつながりを体感できる。ただ、過酷な環境だ。劣化は止められないし、いずれ壊れる。保存方法は3案。《1》現状保存。薬剤を使い、剥離を止め、腐食した鉄筋に薬を塗って修復する。ただ、これだけでは現状維持は難しい。《2》創建時の姿に修復。悪い部分を撤去し、コンクリを打ち直し、モルタルを仕上げる。《3》透明な覆屋(おおいや)をかけ現状維持。例えば特殊加工のガラスを使いすっぽり囲ってしまう。小規模の展示施設も併設する。

国交省国土技術政策総合研究所シニアフェローの長谷川直司さん

 今の状態で保存する案は技術的には可能だが、薬剤による悪い影響があってはいけない。コンクリートに薬剤を塗ったら元には戻せない。

 北海道博物館学芸員の右代啓視さん 現状保存をどう実現すべきか。さまざまな歴史を背負う建物を元の状態に戻して見せるより、今の場所、姿で保存処理をし、覆屋をかけて見せた方がいいだろう。歴史を示す展示も必要。建設当時の先進的な建築物としての姿は模型で示せば良い。

札大教授の川上淳さん 

 陸揚庫が今ある景観をそのまま残すことに価値があるが、保存は心配だ。復元も良いが、新品同様にするのは避けた方が良い。覆屋は、ガラス張りとはいえ国後島と施設の間にガラスが入ってしまう。どの案も一長一短だが、保存を優先すると、覆屋方式に資料室を併設するのが良いと思う。

根室市史編さん委員の桐沢国男さん 

 今の状態でより長く保存するには、覆って劣化原因を排除するのがベター。風雪に耐えてきた時間は北方領土問題の時間的経過と重なる。創建時の姿に修復してしまうと、時間的経過による劣化が分からなくなってしまう。それは北方領土問題を語る上で果たして効果的か。最終手段だと思う。

長谷川さん 現地で保存するのは必須。ただ、創建時の状態が本当に良いのかは別。この建物が輝いた時代に戻す方法もある。たとえば1945年9月の姿に戻す。健全な部分は残し、悪くなるところは撤去。修理し劣化要因を取り除く工事もできる。ただ、過去の姿について明確な根拠がないといけない。

市民A ボロボロのものを見ても94年の歴史があると感じることは難しいのでは。文化財にそぐう補修をし、もう少し見られるような形にして覆いをかけてはどうか。水族館では強度の高いガラスがあると聞く。覆うことは可能だと思う。

市民B 建物は劣化していく。いつ崩れてもおかしくない。現状保存は後から「なぜあのときしっかり保存しなかったのか」となるかもしれない。私は覆屋をかけて、資料館を近くに建てる方式が良いと思う。復元では歴史が断たれてしまう可能性がある。

市民C 現状のまま覆屋を付ける方法が良いが、費用は根室市が負担しないようにすべき。北方領土問題は国全体の問題だ。国が税金を使ってまかなうのが本当だと思う。島が返るまで状態を良くし、今の建物を保存してほしい。(武藤里美、松本創一)

技術、デザイン先端的 国交省国土技術政策総合研究所シニアフェロー・長谷川直司さん

 鉄筋を囲むように囲んだ木枠にコンクリートを流し込む際、型枠を固定するのがセパレーターで、戦前まで使われてなかったが、陸揚庫に使われている。設計、建設した組織が非常に先端的だったことが分かる。

 文書の発見で1929年(昭和4年)の建築で主体は逓信省だったことが明確になった。逓信省が明治末期から採用した鉄筋コンクリートは、1923年(大正12年)に起きた関東大震災で優秀性が実証された。

 陸揚庫をどう位置づけるか。左右対称の造形などに、大正以前のデザイン感覚がある。真っ平らな屋根は昭和のモダニズムにつながる。前の時代のデザイン感覚を含み、次の時代を見ている。それがこの時代の北海道の最東端にできているのは奇跡だ。

 建築物として見た時、先端的な技術、デザイン、思想を持ったものといえる。

■四島とつながった証し 根室市北方領土対策監・谷内紀夫さん

 札幌逓信局が1931年(昭和6年)に発行した工務時報の中に「一昨年9月に改築された根室ハッタラ陸揚室」という記述があった。新しい事実だ。

 陸揚庫の価値は何か。四島とつながっていた施設で、北方領土への日本人居住を示す、本土側に残る唯一の施設だ。島民の生活を便利にし、産業、人のやりくり、資材関連で電報が使われた。旧ソ連軍の占領をリアルタイムで伝えた歴史もある。島の施設には手を出せないが、本土側は後世に残す必要がある。

 鉄筋が露出し腐食が進む。モルタルのひさしはほとんど消失し、残る部分も剥げ落ちる危険が高い。屋根はひび割れ、先端は崩れている。ひさしのモルタルは大きくひびが入っている。

 国後島を望む陸揚庫は風雪、波しぶき、深く刻まれて劣化し、古里の島々を見つめてきた元島民の姿とダブってみえる。