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真珠湾出撃前艦隊の姿 記憶と返還運動若者世代に <踏めない故郷 4島はいま> 5 

 朝に目を覚まして湾を見ると、大きな船が5、6隻停泊していた。数日後には30隻以上になり、沖には軍艦も見えた。夜空に放たれた青白いサーチライトが交差して美しく、不夜城のように明るかった。(読売新聞オンライン2023/11/30)

 択捉島の 単冠ひとかっぷ 湾に面する留別村 年萌としもえ 集落に暮らしていた桜井和子さん(92)(函館市)が異様な光景を目撃したのは、1941年11月。当時10歳だった。この艦隊は、ハワイの真珠湾に向かった。

択捉島でクジラを解体する捕鯨場の写真を指し示す桜井さん

 集落の会長だった祖父は「軍艦を見てはいけない」と住民に指示したが、桜井さんが望遠鏡でのぞくとセーラー服の艦員たちが手旗信号を交わすのがはっきり見えた。

 桜井さんは42年、女学校進学のため家族6人を島に残して伯父のいる函館に渡った。故郷の土を再び踏んだのは、50年後だった。交流が始まった1992年、ビザなしと北方墓参で2回訪れた。40軒あった年萌集落に家は一軒もなく、墓地の墓はすべて消え、桜井家の墓も土台石一つだけがあった。

 15年ほど前から、「ロシアから返ってこない島があることを若い世代に伝えたい」との思いで北方領土語り部を務める。すでに道内外で20回以上講演し、捕鯨船が度々入港してクジラの解体を見つめたこと、アザラシやオットセイなど海獣が豊かな島だったことを話すと、中学生が真剣な表情で聞き入ってくれるのがうれしい。

 島では3歳で亡くなった弟が眠っている。「弟が待っている。生きていれば80代後半だが、私の心の中では3歳のままで」。ロシアが戦争をやめ、弟の墓参りをしなければという思いが日々募る。

 4島の元島民の高齢化が進む。5224人の元島民の平均年齢は88歳に達し、島民団体の自然消滅や統合などで現在、「千島歯舞居住者連盟」に加盟するのは20団体819人だ。

 連盟が把握している元島民2世は1万6383人(平均年齢60歳)。3世は1万2721人(37歳)。返還運動の担い手の先細りが懸念されるが、携わる若い世代も出てきた。

 ホームページ「北方領土の元島民の想いマップ」で、4島それぞれをクリックすると、島の風景や元島民の島の体験や思いの動画が流れてくる。今月から公開されたマップを作成したのは、道の北方領土対策根室地域本部の若手職員たちだ。

北方領土問題について意見が交わされた根室高生が講師を務めた出前講座(28日、中標津町中標津高校で)

 マップの副編集長を務める山本里乃さん(28)は大学1年だった2014年、祖母の山本真智子さん(82)の故郷、国後島南西部の泊村の浜に上陸し、北海道を目の前にして近さを実感した。

 里乃さんは「祈る祖母の涙を見た時に、私たちの故郷なんだと悟った」。北方領土問題に取り組める職場を選び、道庁に入庁。2021年に根室振興局に赴任した。

 高校生を中心とした返還運動を 啓蒙けいもう するプロジェクトのスタッフとして、根室地域の各高校とともに啓発イベントに参加し、根室高校の領土問題を研究する部活動を支えようと、今年度から根室管内1市4町の高校で、根室高生が出前講座を始めた。28日には、中標津高校での講座でのロシア人の主張や島の詳細な開発状況の画像なども盛り込んだ突っ込んだ内容に、参加者は食い入るように聞き入った。生徒からは「早くビザなし交流を再開してもらい、ロシア人島民と会いたい」との強い発言も飛び出した。先月8日の根室市のイベント時には羅臼高校や中標津農業高校生も署名活動に自主的に参加するようになった。

 里乃さんは「現在の状況がずっと続くわけではなく、4島返還を決して諦めない。子孫たちが運動を受け継いでいく」と決意を語った。