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日ロ対話の継続重要 墓参枠組み維持「日ロの共通理解」 武藤顕駐ロ大使インタビュー

 武藤顕(あきら)駐ロシア大使(63)が今月上旬の赴任を前に、北海道新聞の単独インタビューに応じた。ロシアによるウクライナ侵攻について「ロシアが一刻も早く軍をウクライナから撤退させるべきだとの立場は変わらない」とした上で、対話継続の重要性を訴えた。北方領土墓参については「枠組みが生かされているのが日ロの共通理解だ。それをとっかかりにできることを見つけていく」と述べた。(北海道新聞デジタル2023/12/2)

 武藤氏は外務省欧州局ロシア課長、欧州局参事官などを歴任。ロシアのウクライナ侵攻を受け日ロ関係は厳しい状況が続くが「ロシアの専門家として、どう付き合っていくかは常に思案している。覚悟はできている」と説明。「日本政府が対話を閉ざしたことは一度もない」と語った。

 ウクライナ情勢について「法の支配に基づく国際秩序を損なうような解決を認めれば、アジア太平洋にも影響を及ぼすことは必至だ」と強調。北方領土問題について「本質は力による現状変更だ」とし、ウクライナ情勢と「表裏不可分の問題だ」との認識を示した。日本の対ロ制裁については「ロシアが侵攻をやめれば制裁をかける理由もなくなる」とも指摘した。

 ロシアは北方領土への自由訪問とビザなし交流の合意を破棄したが、墓参については政府間合意を唯一破棄していない。「人道目的という理解だ。ロシア側にそういう気持ちがあれば、工夫の余地がある」として、墓参再開に向け働きかけを強める考えを示した。(荒谷健一郎)

ウクライナ北方領土は表裏不可分」武藤駐ロ大使単独インタビュー

(北海道新聞デジタル2023/12/3)

 武藤顕駐ロシア大使の単独インタビューの主な一問一答は次の通り。(聞き手・荒谷健一郎)

 ――日ロ関係が厳しい状況にある中、大使を命じられた今の思いは。

■「自分の宿命。覚悟はできている」

 「ロシア語専攻でこれまでのキャリアを積み重ねてきた。いわば自分の宿命だと思っている。元々いかなる時でも容易ではない関係にある隣国であることは承知している。そういう国と常にどう付き合っていくかは専門家として常に思案してきており、そうした意味で覚悟はできている」

 ――ウクライナ侵攻の状況をどう見ているか。

■外交機会、いずれ出てくる

 「膠着(こうちゃく)状態のように見える中で、ウクライナ北大西洋条約機構NATO)と米国は共通の戦略に従って、作戦を進めている。ウクライナ本土からのロシア軍撤退が前提にはなるが、いずれ外交の機会などが出てくることがあると思う。その際には、法の支配に基づく国際秩序の維持を掲げている日本として、和平交渉やウクライナ復興など出口戦略に積極的に関与し、日本の役割を果たしていけるだろうし、そのために私のミッションがあると思う」

 ――日本とロシアの政治レベルの対話が途絶えている状況で大使館の役割は。

■立場違うが意見交換は必要

 「現状においても在ロシア日本大使館とロシア外務省の間で通常のやりとりは行われている。日本政府が対話を閉ざしたことは一度もない。日本政府として、ウクライナの領土の一体性を確保するために、ロシアが一刻も早く軍をウクライナから撤退させるべきだとの立場は変わらないが、引き続き対話はしていく。ロシアとはもちろん立場が違うが、立場が違う者同士でも意見交換している事実は変わらない」

 「ウクライナ侵攻の出口戦略を考えていく上で、重要な先進7カ国(G7)の意見の集約も大使館の役割となる。G7としてどう考えるべきかについても汗をかいていくということだ。各国大使と一緒になって本国に共通の意見具申をする上で、果たすべき役割があるだろうと思っている」

 ――ロシアは日本の対ロ制裁に反発して平和条約交渉を拒否している。ロシアがウクライナから軍を撤退させるなどの状況にならないと、制裁を続けることに変わりはないか。

■侵攻やめれば、制裁理由なくなる

 「一方的に侵攻していることによって制裁をかけているわけだから、侵攻をやめれば制裁をかける理由もなくなる。独自に解除するかどうかは別にして、撤退の推移に連動していくが、少なくとも撤退が、目に見えて行われるようになれば、制裁の緩和、解除に向けた動きも出てくると思う」

 ――ロシアの専門家として長く関わってきた北方領土問題についての思いは。

■外交官人生かけて、結果残す努力

 「北方領土返還は日本の国家、国民としての悲願だ。戦後70年以上を経てもまだ平和条約が締結されないことについては内心、じくじたるものがある。私の外交官人生の多くのエネルギーが平和条約交渉に注がれてきたにもかかわらず、いまだに解決の糸口すら見つけられてないことについては、自分の力のなさを感じざるを得ない。残りの外交官人生をかけて、少しでもその結果を残せるように努力していきたいと思っている」

 ――元島民は墓参再開を最優先に望んでいる。ロシアにはどのように働きかけていくか。

■墓参維持は日ロの共通理解

 「前任の上月豊久大使の働きかけもあり、墓参については少なくとも枠組みが生かされている。ロシア側も明確に認識しているし、それが日ロの共通理解だ。ロシア側は枠組みを完全になくしてしまうもの、運用停止するもの、それぞれ使い分けてきている。墓参の枠組みは生きているので、そこをとっかかりにして、ロシア側としてもできるものを見つけていく」 

北方領土国後島のラシコマンベツ墓地で慰霊祭を行う元島民ら=2017年8月8日(元島民提供)

 ――ロシアは人道目的で枠組みを残しているとしているが、その意図は。

 「そういう理解だと思う。自分たちの祖先を訪問するという人道的行為に対して、それをなくしてしまうことが許容されるかどうかを正直に彼らが考えた時に、やはりなくせないと判断したのではないか。ロシア側にその気持ちがあれば、工夫の余地はあるんじゃないかなと思う」

 ――日本企業が参画するロシア北極圏の液化天然ガス(LNG)開発事業「アークティック2」に関わるロシア企業に米国が制裁をかけ、不透明感が強まっている。政府は日本企業などが出資する極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」も維持しているが、日ロのエネルギー協力について、どのように考えているか。

■戦略的な利益は、同盟国の理解を得て維持

 「企業側の経営判断の問題だが、戦略的な利益があるものについては、同盟国の理解を得た上で維持するという考えはあってもいいと思う。サハリン2に関して言えば、引き続きLNGの輸入は許されているし、問題ないと理解している。現時点においてただちに問題が生ずる気配もなく、現状維持で続いていくのではないか。アークティック2は米国が制裁に踏み切ったので、事実上、LNGの輸入はできなくなったが、米国は(日本企業の)撤退を要求しているということではないと理解している。将来的に問題がなくなった時に備えて、雌伏の時期を過ごすことは、いろんな場合にありうることだ。立ち止まって、捲土(けんど)重来を期すこともあるのではないかと思う」

8月にロシア極北ギダン半島海岸部に設置されたアークティックLNG2の1基目のプラント(ノバテクの交流サイトより)

 ――大使として赴任中、日ロ関係の目指すべき姿は。

■日本は歴史をつくる当事者に

 「赴任してから目標を固めたいと思うが、ウクライナ情勢は、世界が歴史的転換点にある中で、その歴史を左右しかねない大きな出来事だ。その中にあって、日本は歴史の傍観者であってはならないと思う。歴史を作っていく当事者として、何が日本として果たせるかということをよく考え、結果として、日ロ関係が今までとは違う新たな方向性が見えてくるようなことがあれば、それに越したことはないと思う」

 「ロシアが隣国であるということ以上に、法の支配に基づく国際秩序を維持していく上で、日本はウクライナ問題において果たせる役割があると私は信じている。欧米が決めることに粛々と従うという発想ではなく、そのプロセスに積極的に参画し、結果的に出口を見つけるにしても、そのあり方が法の支配に基づく国際秩序の維持という観点から適正なものとなるように工夫し、汗をかいていきたい。日本はこの問題の重要なステークホルダー(利害関係者)であるという意識に立ち、日本の国益の観点から何が必要なのかを見極めて、欧米に意見していくということではないかと思う」

 ――ウクライナ情勢については欧米の支援疲れも課題となっている。日本もウクライナを支援しているが、遠い国の出来事という意見も一部にはある。

■力による現状変更、認められぬ

 「ウクライナ情勢について、安易に法の支配に基づく国際秩序を損なうような形の解決を認めることになれば、『力による現状変更は認められない』という、(第1次、第2次の)二つの戦争を経て人類がようやく獲得したと思った原則が大きく毀損(きそん)されることになる。それはいずれアジア太平洋にも影響を及ぼすことは必至で、最終的には北方領土交渉にも影響しかねない。われわれの観点からすると、北方領土の本質は力による現状変更で、ウクライナ北方領土問題は表裏不可分の問題だ。ウクライナ情勢の解決がどうなるかは、こうした問題意識を持った上で、日本が重要なステークホルダーとして解決のあり方に積極的に参画していくということが必要だと思う」

 ――将来的にどのような日ロ関係を目指すか。

■日ロの潜在力、停止は残念

 「今は対ロ経済制裁によって、日ロの経済的潜在力は停止している。それはお互いにとって残念なことだ。日ロ間が有している潜在的な可能性が追求されるようになるためにも、制裁が解除できる状況が早く訪れることが望まれる。そのためにもロシア側に引き続き(ウクライナからの撤退など)働きかけを進めていくということが必要だと思う」

むとう・あきら 東大経卒、1985年に外務省入省。07年~10年にロシア課長として日ロ交渉に関わったほか、欧州局参事官、国家安全保障局審議官、駐ロサンゼルス総領事、外務省研修所長などを歴任。約8年務めた上月豊久駐ロシア大使の後任として、10月24日に発令された