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日本人墓地清掃今でも 露兵の墓手入れの「お礼」<踏めない故郷 4島はいま> 4

 色丹島の斜古丹地区にある墓地。日本人の墓が20基ほどあり、島で事務用品店を営むミカイル・ドゥダーエフさんたちは年2回、雑草を刈り取る作業にいそしむ。今年の9月も、ドゥダーエフさんの仲間が、島出身の得能宏さん(89)の先祖が眠る墓を丁寧に掃き清めた。(読売新聞オンライン2023/11/29)

 ドゥダーエフさんが日本人墓地の清掃をして20年ほどが過ぎた。きっかけは、2000年代初頭にビザなし交流で、松山市にあるロシア兵墓地を訪ねたことだった。松山市の墓地は、日露戦争(1904~05年)で捕虜になり、この地で命を落とした兵士が埋葬されている。その手入れが行き届いた様子に感銘を受けた。「日本人はロシア人の墓を大切にしている。お礼がしたい」と色丹島に戻ると、自発的に日本人墓地の清掃を始めた。

 20年からのコロナ禍でビザなし渡航は途絶え、日本人が島に足を運ぶ機会は失われた。だが、21年11月にオンラインで交流会が開かれ、参加したドゥダーエフさんは画面越しに得能さんらと再会し、墓を守っていると伝えた。それは22年2月のウクライナ侵略で日露関係が悪化した後も変わらない。

 ドゥダーエフさんは「日本人が訪問できないのは残念だが、日本では墓の保存を望んでいる人たちがいる」とこれからも清掃を続ける考えだ。得能さんは「政治的な問題を度外視して親切にしてくれることは、とてもうれしい」と感謝する。

 千島歯舞諸島居住者連盟などの調査によると、北方4島には日本人墓地が少なくとも52か所あり、埋葬者は4767人以上に上る。このうち、場所が特定されている墓地は22か所と半分以下。日露間では、うち捨てられた墓地の修復プロジェクトが進んでいたが、ウクライナ侵略が断ち切った。

 択捉島元島民2世の井桁正美さん(63)(東京都中野区)は、無念な思いを抱く一人だ。2012年に、墓参で択捉島紗那の高台の墓地を訪れると、倒れたまま放置された墓があった。墓石には、曽祖父の名が刻まれていた。

 「墓を何とか修復したい」。その思いが実現したのは、6年後の18年7月末のビザなし交流だった。天然石を使った高さ1・8メートル、横幅1・6メートルの大きな墓石で、島の水産加工会社に協力してもらい、移動させると土台が見つかった。

 土台を固めて墓石を立てるには1週間かかるが、そこまで滞在ができない。残りの修復作業を引き受けてくれたのは、水産加工会社のロシア人社員だった。約2か月後の10月、社員は交流で根室市を訪れると、「重機を使って3日がかりで墓を立て直した」と井桁さんに報告した。

 墓地には、日本人約200人が埋葬されているとの記録があるが、多くが倒壊したり老朽化したりしている。19年のビザなし交流で、井桁さんらは墓の修復に取り組み、「日露の民間人同士で形にできた」と手応えを感じた。だが、この時を最後に曽祖父の墓を参ることはかなっていない。

 井桁さんは「まだまだ墓の調査が必要だし、島に渡って先祖の供養もしたい」と語る。渡航ができない現状に、元島民の嘆きは深い。

色丹島で墓を清掃するドゥダーエフさん(右)(22年9月撮影、本人提供)

倒れた日本人の墓の修復作業に取り組む井桁さん(右)(2018年7月29日、択捉島で)=百瀬翔一郎撮影