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「朽ちた姿」覆屋で保存<もの言わぬ語り部 北方領土をつないだ陸揚庫>中

 古びた姿が領土返還を待ち続ける根室北方領土元島民のようにも見えるとして、「もの言わぬ語り部」と言われ始めた「根室国後間海底電信線陸揚施設(陸揚庫)」。この建物の周りに8月、縦横約50センチの計8枚のガラス板が取り付けられた。(北海道新聞2023/9/27)

特殊なガラス板

 「崩れそうな、朽ちた姿をそのまま残したい。ガラス板は、その願いを実現するための実験です」。根室市内で「陸揚庫保存会」の会長として活動する久保浩昭さん(55)はこう語る。

 ガラス板は2種類。一般的な素材と雨や波しぶきをはじくコーテイングをした特殊な素材だ。初冬まで置き、汚れや耐性などの効果を確かめる。

 根室市は本年度から、北方領土国後島根室を結んだ通信用海底ケーブルの中継施設として1929年(昭和4年)に完成した陸揚庫を現状のまま保存するためのプロジェクトを本格化させている。崩れやすい建物に透明な素材でできた「覆屋」をすっぽりかぶせる方針だ。

 ガラス板で覆った透明な施設が完成すれば、歴史的建築物の保存用として道内初となる。

 保存案は有識者4人による市の専門家会議分科会が2年の議論の末、今年3月にまとめた。文化財は、過去の姿に再生しながら補強し、長期間保存できる状態にする場合が多い。    

 当初、有識者には再生保存案を推す意見も目立ったが、雨風に耐えて残った今の姿こそ保存に値するという意見に賛意が集まっていった。

時間の重み訴え

 陸揚庫の背景には、根室海峡を挟んで浮かび上がる国後島の島影が見える。専門家会議では覆屋による保存ではその景観を保てないとの指摘もあった。このため特殊なガラスなど透明な素材を使うことになった。

 専門家会議の座長を務めた根室市の谷内紀夫北方領土対策専門員(65)は「崩れかけの姿そのまま残すことで、戦後80年近くがたった時間の重みを視覚的に訴える北方領土の遺構となる」と語る。

 分科会委員の1人で歴史的建築物の保存に詳しい北海道博物館(札幌)の右代啓視学芸員(64)は「景観や立地からも陸揚庫は北方領土と北海道が物理的につながっていたことがわかりやすく、返還運動のシンボルになり得る」と話す。

 根室市は本年度中に覆屋の基本設計をまとめる。駐車場や小規模な資料室の併設も計画。費用は2~3億円が見込まれている。根室市北方領土関連の施設整備として政府資金を充てる案を軸に、全国3位の寄付額を誇るふるさと納税の資金を使うことも検討している。(根室支局 川口大地)