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クジラの牙 豊かさの記憶 択捉島留別村出身・上松健吾さん(88)=根室市<四島よ私たちの願い 日ロ交渉停止>40

 時計・眼鏡店の引き出しには、クジラの牙が大切に保管されていた。10センチほどだが、144グラムと重みがある。「択捉島から強制退去される日、父が家から何げなく持ってきた。今は宝物です」(北海道新聞根室版2023/6/27)

 択捉島留別村の年萌(としもえ)で12歳まで暮らした上松健吾さん(88)=根室市=。島の生家は、クジラの解体場の隣にあった。父は大きな鍋でクジラの臓物をゆでて、乾燥させて肥料を作る工場を経営していた。

 クジラの牙を握ると少年時代の風景がよみがえる。「春から秋までクジラは毎日のように水揚げされた。豊かな海の幸に恵まれ、暮らしやすかった」

 1945年8月末からの旧ソ連軍の侵攻で、50世帯ほどの日本人が暮らしていた年萌の街にも旧ソ連の軍人らが入った。比較的大きな構えの家だった上松さんの生家には、旧ソ連軍の将校と家族計3人が同居。2年ほど共同生活をしたという。「恐くは無かったけれど、警戒はした。隣家まで地中に金属のパイプを敷いて中にロープを通し、危険があれば隣家の呼び鈴を鳴らせるようにしていた」と振り返る。

 引き揚げ後、浜中町の呉服屋で働いた。68年に根室で時計と眼鏡を扱う店を開業。現在、イオン根室店の2階に構える店の片隅には、ロシア語で次のように書いたプレートがある。「ロシアの皆さんは友達のように思えます。元気なうちに年萌に自由に行きたいです。それまで私も頑張ります」

 ロシアによるウクライナ侵攻は長期化の様相を呈しているが、上松さんは「今は関係が悪いが、隣国の人は大事にしなくちゃいけない。戦争を早く終わりにして、元の平和な関係に戻ってほしい」と語った。(松本創一)