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ウクライナ侵攻2年 北方四島、強まる愛国ムード 日本敵視の風潮も 元島民との関係揺らぐ

 ロシアのウクライナ侵攻から24日で2年が過ぎた。プーチン政権は侵攻の正当性を繰り返し強調し、ウクライナから遠く離れた北方領土でも、ロシア軍をたたえる愛国的なムードに包まれている。欧米と協調して対ロ制裁を続ける日本を敵視する風潮も強まり、地元メディアは今月、過去の日本とのビザなし交流を批判する論評を掲載。島に残された日本人墓地を清掃し、元島民と連絡を取り合い続けるロシア人もいるが、長年築き上げた人と人との関係すら失われかねない状況にある。(北海道新聞2024/2/25)

色丹島斜古丹にある日本人墓地。季節外れの暖気で雪が解け、ロシア人島民によって、今も草が刈られた跡がわかる=2月中旬(四島関係者提供)

 

 軍人をたたえる「祖国防衛者の日」となった23日、北方領土択捉島中心部の紗那にある勝利公園。住民らが慰霊碑に献花し、軍用飛行場がある天寧などではチャリティーコンサートが開かれた。国後島古釜布では子供たちがウクライナでの軍事作戦に参加する兵士たちに送る塹壕(ざんごう)用のろうそくを作製。地元行政府は通信アプリテレグラムにこうした島民らの活動の様子を写真入りで複数投稿し、侵攻開始2年を前に、島と軍との連帯をアピールした。

択捉島紗那の勝利公園の慰霊碑に献花するロシア人住民ら=2月23日(クリール地区行政府テレグラムより)

択捉島紗那で開かれた「特別軍事作戦」などを支援するチャリティーコンサート=2月23日(クリール地区行政府テレグラムより)

 

 2022年2月のウクライナへの侵攻開始以降、北方四島では行政や軍、政党が連携し、一年を通じて軍への協力と愛国を全面に出す催しが続いている。ウクライナに展開する軍のシンボル「Z」を記した国旗を子どもたちに作らせたり、帰還兵から侵攻の意義を聞く講義を開いたり、枚挙にいとまがない。

 愛国的な雰囲気の中で、ロシア政府が「非友好国」と位置付けた日本への風当たりは強まっている。

 国後、色丹両島で発行される新聞「国境にて」は9日、日本人とロシア人島民の相互理解の促進を目的に始まった北方領土との「ビザなし交流」に関して、長文の特集記事を掲載。交流が始まった1992年にロシア人島民の子どもたちが根室を訪れた際に、日本側から「クリール諸島(千島列島と北方領土)を返せ」と抗議を受けたことを取り上げ、「良き思い出だけが残り、扇動を忘れてしまっていた」と批判的に論評した。

 ビザなし交流の開始時から日本人訪問団の受け入れなどに関わってきたセルゲイ・キセリョフ編集長は、特集について「ビザなし交流は島の住民が思うような人道的なものではなく、政治的なものだと伝えたかった」と強調。ウクライナでの軍事作戦開始から2年がたち、「日本が敵になった時間は長くなっている」と述べ、住民に対して「ビザなし交流の復活は二度とないと説明している」と語った。

根室などへの訪問を終え、別れを惜しみながら乗船する北方領土の子どもたち=1992年8月2日

 

 択捉島の新聞「赤い灯台」も度々、日本の北方領土返還要求などを名指しで批判しており、択捉島民の一人は「日本の話はしづらい」と漏らす。ビザなし交流に何度も参加し、親日家だったとされる色丹島の男性も「日本は米国と組んでロシアを苦しめている」と話すなど、日本に否定的な感情を抱くロシア人は増えているようだ。

 ロシアは22年9月、日本の対ロ制裁の報復措置として、日本人が四島を往来する「ビザなし渡航」の枠組みのうち、「ビザなし交流」と元島民らが古里を訪れる「自由訪問」の政府間合意を一方的に破棄した。元島民らの「墓参」については枠組みが残っているが、両政府の関係悪化で再開の見通しは立たない。

 四島関係者によると、島に残っている一部の日本人墓地では、現在もビザなし交流に関わったロシア人らが、自発的に草刈りなどの清掃を続けている。ただ、大半の墓地は管理が行き届いていないといい、墓参が長く途絶えれば、元島民やその家族が暮らした「証し」が消えかねない。

国後島古釜布郊外にある日本人墓地。冬は訪れる人はなく、雪に埋もれていた=2月中旬(四島関係者提供)

 

 古釜布では今年、旧ソ連軍が1945年に上陸した日にちなんで名付けられた「9月3日通り」沿いに、対日戦勝を祝う勝利広場が完成する予定だ。9月3日は昨年、対日戦勝記念日にも位置付けられた。侵攻が長期化すればするほど、日本に対する島の世論が硬化する可能性がある。

「同じ島で生まれた者同士の絆に国籍は関係ない」とロシア人島民との交流を振り返る得能さん(川口大地撮影)

 

 こうした中でも、四島との長年の交流を通じて個人的に築いた関係はまだ消えていない。今月中旬、根室市に住む色丹島出身の得能宏さんの元には、90歳の誕生日に合わせて、ビザなし交流を通じて親交深めたロシア人から「いつまでも健康に過ごせますように」と祝いのメッセージが届いた。

 幼い頃に島を追われた得能さんは、ロシアという国に対しては憤りの思いがある一方、「島に住んでいるロシア人には何の恨みもない」と強調する。「私の記念日を覚えてくれていて、なによりもうれしい」と語り、「いつかビザなし交流が再開し、ゼロからのスタートにならないよう、この絆は大切にしているんだ」と目を細めた。

 ただ、今もロシア人島民と定期的に連絡を取り合う日本側関係者は「今は言えないこと、聞けないことがある」と自由に会話できない雰囲気があると打ち明け、懸念を漏らした。「付き合いのあったロシア人が島に残っていても、その人の考えや価値観が全く違うものになっている恐れがある」(本紙取材班)