北方領土の話題と最新事情

北方領土の今を伝えるニュースや島の最新事情などを紹介しています。

「贈り物みんな無駄に」ロシア人島民の絵画展企画・熊谷征子さん(79)=根室市<侵攻 今、地域は 四島よ~ウクライナ危機1年>特別編(2)

 「征子さんは元気ですか」「征子さんによろしく」

 新年、北方領土から友人を介して届いた電子メールには、根室市の主婦、熊谷征子さんを気遣う内容が記されていた。熊谷さんの脳裏には四島とのビザなし交流で根室を訪れ、自宅に滞在したロシア人島民の姿が浮かび上がった。(北海道新聞根室版2023/2/22)

 無邪気な子どもたち、陽気な大人たち。そして、ビザなし交流をきっかけに親しくなった国後島の画家ニコライ・ゴールスキーさんの穏やかな表情。「あの人たちは元気だろうか。今何をしているのか」。熊谷さんは不安げにつぶやく。

 ビザなし交流は日本人とロシア人島民が相互に行き来する仕組みで、1992年に始まった。だが新型コロナウイルス対策で、2020、21年と中止。22年はロシアのウクライナ侵攻を受け見送られた。昨年9月には日本の対ロ制裁に反発し、ロシア側がビザなし交流と自由訪問に関する政府間合意を破棄。再開は見通せなくなった。

 日本人と北方四島のロシア人はビザなし交流で相互に往来し、スポーツや料理、音楽などで交流した。柱の一つが、訪問地の住民の家で食卓を囲む「ホームビジット」。熊谷さんは10年ほど前、ロシア人島民の受け入れを始めた。

 熊谷さんにとって、18、19年にホームビジットで熊谷さんの家を訪れたゴールスキーさんは特別な存在だ。15年ごろ交流会で出会い、風景画をプレゼントされた。20年には新型コロナの影響でビザなし交流が中止になったが、ゴールスキーさんの作品を船便で受け取り、絵画グループの仲間と根室で作品展を開催。300人が来場した。熊谷さんは「ビザなし交流がなかったら、出会いも、作品展もなかった」と振り返る。

 ビザなし交流による往来は19年までに延べ2万4488人にのぼった。根室地域の住民、全国の中高生や議員、医療関係者、専門家などが四島に渡り、四島のロシア人は根室管内を拠点に各地を訪問した。

 「コロナが終われば交流は再開する」。昨年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、そんな熊谷さんの願いを打ち砕いた。熊谷さんは、ロシア人島民の子どもたちへと、飾りが付いたマグネットなどの贈り物を用意していた。「みんな無駄になるなんて、夢にも思わなかった」

 ウクライナ侵攻後、ゴールスキーさんとの連絡は取れていない。友人のロシア語通訳がメールを送ったが、ゴールスキーさんからは返信がない。「体調を崩したのか、それとも何か起きたのか」。物静かでお酒はあまり飲まず、スイカが好きなゴールスキーさん。安否を確認できないのが歯がゆくてならない。

 ロシア人島民の現状も気にかかる。子どもたちは徴兵されていないか。日本が嫌いになっていないか。「ウクライナ出身だ」と言っていた島民はどうなったか。「顔が分かる関係が築けた分、心配です」

 ビザなし交流は日本人とロシア人島民の相互理解を最大の目的としている。根室市が発行する「日本の領土 北方領土」2021年版は「日本人や日本に対する四島側の理解も深まってきており、個人的な友好関係も着実に広がった」と記述した。

 熊谷さんは希望も捨ててはいない。「国の方針で日ロは対立しているけれど、ロシア人島民も私たち日本人も敵対関係になることを望んでいない。一日も早くウクライナ情勢が落ち着き、交流が再開してほしい」。そしていつか再びゴールスキーさんの作品展を開きたい。熊谷さんは祈る。(武藤里美)