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北方領土 返還運動継承に不安 ビザなし渡航中断長期化

 【根室新型コロナウイルス禍と日ロ関係悪化で北方領土へのビザなし渡航中断が長期化し、返還運動の継承に影響が出ることが懸念されている。根室市根室振興局は若者や道外への啓発強化に活路を見いだそうとするが、世論の関心が低下する中、返還運動の原点の地・根室では風化への危惧が色濃くなっている。(北海道新聞2024/2/4)

 「四島に行けない状態のまま返還運動を2世に託すことが気がかりだ」。歯舞群島勇留島出身の角鹿泰司さん(86)は1月20日、根室を訪れた外務省の中込正志欧州局長に、運動が継続できなくなる危機感を強調した。角鹿さんは、元島民らによる千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)の根室支部長。元島民の平均年齢が88歳を超える中、若い層に故郷の姿を伝える貴重な場だったビザなし渡航が途絶えた現状を憂慮する。

 ビザなし渡航には墓参、自由訪問、ビザなし交流の三つの枠組みがあり、2019年までは根室発着で年間千人前後の参加があった。それが20年以降は新型コロナの感染拡大防止のため中断。22年2月にロシアがウクライナに侵攻すると制裁措置を巡って日ロ関係が悪化して交流が途絶え、侵攻から2年がたとうとする今も再開の見通しは立たない。中断は計4年に及ぶ。

 全国唯一の北方領土関連の部活動である根室高校「北方領土根室研究会」で中心的役割を果たし、昨春、札幌に進学した久保歩夢さん(18)は中学生の時、ビザなし渡航択捉島に渡ったのをきっかけに関心を持った。四島に行けない現状を「高校生の活動にも影響しかねない」と心配する。

 根室市内の元島民の語り部は7人。この10年間でほぼ半減した。後継者育成が急務だが、語り部の1人の得能宏さん(89)=色丹島出身=は「ビザなし渡航が4年間中断した影響で若い世代へのバトンタッチが遅れている」。千島連盟で最大規模の根室支部では後継者の語り部登録者が現在18人と、10年間でおおむね倍増したが、若い世代は仕事との両立が難しく実動できるのは半分に満たない。

 政府は人道的な配慮もあり特に墓参の再開を「最優先事項」(岸田文雄首相)と位置付ける。ただロシア側は千島連盟を「望ましくない団体」に指定。安全面などから早期実現は難しい。自由訪問とビザなし交流はロシア側が合意自体を破棄し、さらに再開の見通しは厳しい。

 ビザなし渡航について根室市の石垣雅敏市長は「多くの人に北方領土問題をPRする機会にもなってきた」と指摘。中断が続く中、市は昨年、本州で領土問題解決を訴えるキャラバン事業を54年ぶりに再開し世論喚起に力を入れる。根室振興局も管内の高校6校の生徒を集めた学校横断型の啓発活動を主導し、若い世代の関心を保とうと模索する。

 内閣府が昨年行った全国世論調査では、北方領土をロシアが不法占拠している現状を「知らない」と答えた人は35・6%。調査方法が異なるものの18年の前回調査から3・3ポイント増えた。返還運動への意欲も「あまり参加しようと思わない」「絶対に参加したくない」が62・4%に上る。元島民の角鹿さんは「このままでは領土問題が過去のものになってしまう」と危惧する。

 ロシア側では今年に入り、プーチン大統領が四島訪問の意向を示すなど、3月の大統領選を前に強硬姿勢をエスカレートさせており、溝は深まるばかりだ。

 石垣市長は「返還運動原点の地の根室の役割は変わらない。国際政治の大きな流れで浮き沈みはあるが、関心を高められるよう工夫を続けたい」と話す。(川口大地、先川ひとみ)