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千島連盟「語り部」事業20年「今だからこそ経験伝えたい」 

 ロシアのウクライナ侵攻が続く中、千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟、本部・札幌)の「語り部」事業が20年を迎えた。北方四島の元島民が自らの経験を通じ、領土返還の意義を訴えてきたが、日ロ交渉は途絶え、対話の見通しは立たない。元島民の高齢化で、特に道外では担い手が限られるなど、事業継続に課題が残るが、関係者は「今こそ、多くの人に聞いてほしい」と語る。(北海道新聞2024/5/26)

北方領土について話したいことは山ほどある」という三上洋一さん=4月30日、相模原市の自宅で

 「旧ソ連軍侵攻後のロシア人との混住生活などについて話すと、真剣に耳を傾けてくれるんですよ」。語り部として活動する択捉島出身の三上洋一さん(87)=相模原市=は、ウクライナ侵攻後、聴衆の領土問題への関心が以前より高まったと感じているという。

 三上さんが個人で語り部を始めたのは1991年。当初は右翼の活動と勘違いされることもあったが、地道に活動を重ね、故郷への思いを訴え続けてきた。公民館や労働組合の集会、北方領土返還要求全国大会など、これまで全国で計100回以上講演してきた。

 こうした元島民の個人的な活動を後押ししようと、千島連盟による語り部の登録事業が始まったのは2004年。教育機関など各団体から要請を受け、全国各地に語り部を派遣する。毎年スキルアップのための研修も開いている。

■1世減少で事業継続に課題

 現在の登録者は1~3世の125人。ただ、高齢化で1世の語り部は14年の53人から現在は38人に減った。実際に活動しているのは、さらに半数ほどに減る。千島連盟によると、関東地方で活動する1世の語り部は5年前は5人ほどいたが、現在は三上さん含め2人だけ。三上さんは「道内と比べると、道外はどうしても北方領土への関心が低い。島を知ってもらうため、自分の経験を多くの人に伝えたい。話したいことは山ほどある」と話す。

 元島民の高齢化で、語り部活動の主体は後継者に移りつつある。語り部の派遣実績は17年度に1世が185件、2~3世が27件だったが、23年度はそれぞれ122件、93件で後継者の割合が増加。ただ、語り部の派遣先からは記憶が生々しい1世の派遣を要請されることが多く、2世らにいかに島の記憶を引き継ぐかが課題だ。連盟は2~3世を1世と一緒に派遣したり、1世が話す様子を動画で記録したりして、継承を進める方針だ。

語り部事業を続けるためにもビザなし渡航を再開してほしい」と話す金八さん=5月23日、東京都内

 根室市出身の落語家で歯舞群島志発島民2世の三遊亭金八さん(53)=東京都=は、本業の「しゃべり」を生かして20年ほど前から語り部として活動してきたが、「2世は1世に比べて島に関する情報が少ない」と活動の難しさを痛感する。北方領土へのビザなし交流で根室に住む元志発島民の父・木村芳勝さんと一緒に島を訪れた際、かつての暮らしぶりや自宅跡を教わったといい、「後継者が島について知るためにも渡航事業を再開してほしい」と訴える。

 ただ、日本の対ロ制裁に反発するロシアは、ビザなし交流などの政府間合意を破棄し、島を再訪できる見通しはたたない。領土返還に向けた平和条約交渉も途絶えたままだが、だからこそ自身も語り部を務める択捉島出身の千島連盟・松本侑三理事長(82)=札幌市=は、語り部の意義は高まっていると強調する。

 「メディアで取り上げられる機会が減り、今は北方領土の『ほ』の字だけでも話題にしてもらわないといけない時代。故郷への思いや島の様子を直接国民に伝える役割は極めて大きい」