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北方領土遺産『千島電信回線陸揚庫』…②人跡未踏の難工事6人が犠牲に

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標津川の河口にかろうじて姿をとどめていたレンガ造りの陸揚室、その後崩壊した

 

『得撫以東は全く無人島嶼に帰し候』

〇…1875年(明治8年)の樺太・千島交換条約によって、日本は樺太を放棄する代わりに、得撫島以北を領有することになった。千島列島北部はラッコなど海獣の宝庫で、外国船による密漁が横行していた。明治政府は1869年(明治2年)から択捉島に密漁取り締まりのための出張所を設けていたが、わずかな人員での取り締まりは不可能だった。

 〇…1884年(明治17年)夏、根室県令・湯地定基は北千島を巡回した。「得撫以東は全く無人島嶼に帰し候処、もとこの島嶼は本邦北門の要地にして、将来如何なる外務上の関係を生ずるかも計り難く候…」と述べ、密漁取り締まりや国境警備に海軍があたるよう陳情している。

 〇…この結果、1885年(明治18年)に海軍は年1回取り締まりのため軍艦を派遣するようになった。さらに、千島の警備体制を強化するため、半年間途絶する冬期間の航海を可能にして、通信連絡を確保するため1892年(明治25年)、択捉島の唯一の不凍港・単冠湾への航海を成功させた。

 〇…緊張が高まりつつあったロシアとの国境に接する北千島。その国境警備と密漁対策に加えて、南千島における海産物の生産が拡大し、特にサケ・マスの一大産地となるにつれて、産業振興を図るため民間からも通信回線の必要性が叫ばれるようになった。

根室択捉島の間に設くる線費は大約20万円に過ぎず』

〇…千島への電信線の架設は、岩村通俊が北海道庁長官だった明治20年頃から必要性が叫ばれていた。「千島に電信架設し及び航通を開く事また急にせざるべからず。根室と千島の間の海底電信未だ設置に至らざるは遺憾とすべし。けだし根室択捉島の間に設くる線費は大約20万円に過ぎざるべし」と政府に意見書を提出している。

 〇…千島への冬期航海と同時に電信線の架設が計画され、逓信省は1892年(明治25年)6月に札幌電信建築署の塩谷禎次郎技手を国後島択捉島に派遣し、陸海の電信線建設予定地を調査させた。しかし、日清戦争のため出費がかさんだこともあり、政府はなかなか首を縦に振らなかったが、横行する外国密漁船の問題が国会で取り上げられるようになり、ついに1896年(明治29年)から2か年で整備することが決定した。

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標津町ポー川史跡自然公園の開拓の村に再現された陸揚室

 

1896年5月、電信線架設へ測量工事始まる

〇…初年度は測量工事とともに、電柱の現地調達と海底線陸揚室、工夫休泊所、択捉島・紗那局と国後島・泊局の用地選定が行われた。工事担当を命じられた塩谷禎次郎技手、蜷川湛徳技手が1896年(明治29年)5月12日、吏員や工夫75名を連れて北門丸で函館を出港し、同月19日に国後島に到着した。

 〇…一行のうち、択捉島担当の塩谷技手は松尾三郎書記、工事見習い技手の馬淵信次郎らと船で紗那に向かった。21日に紗那到着、24日から紗那-丹根萌間の電信線路選定のため出発し、留別、恩根別、具谷を経て27日に内保に着いた。

 〇…内保から丹根萌までは人跡未踏の地で、密林を縫い、岩をよじ登りクマが通るけもの道を伝って30日丹根萌に到着した。丹根萌から起工して、通路を確保しながら線路の測量を続け、内保達したのは7月29日。距離にしてわずか32.6kmだったが60日かかった。

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戦前の択捉島・丹根萌 この近くに陸揚室があった

 

過酷な環境 択捉島の工事で2名死亡

〇…内保から紗那は比較的楽だったが、紗那から蘂取までは難所続きで、9月末には初霜降り、みぞれや雪に悩まされながら10月20日に北端の蘂取までたどり着いた。塩谷技手の報告書には「5月31日丹根萌に工を起こせしより143日、野に臥し山に寝、或る時は風雨の侵襲に遭遇し、また或る時は濃霧に彷徨し、蚊虻の襲撃…これがために不帰の人となりしもの2名」(択捉電信線路新設工事実況第6回報告 明治29年12月1日)とある。

 〇…国後島担当の蜷川技手は松田秀太郎書記、工事見習い補助の草間孝三郎技手と工夫らとともに5月21日西端ゼンベコタンから線路の測量を始め、泊を経由して太平洋岸沿いにアトイヤ岬まで145.09kmの線路を選定し、8月13日に作業を終えた。この間、10カ所に橋を架設し、電柱用材として良質のトドマツ3,644本を切り出した。

1897年5月、択捉島・丹根萌に最初の電柱建つ

〇…2年目となる1897年(明治30年)4月5日。択捉島担当は塩谷技手、補助として松尾書記、深野一友技手、国後島担当は蜷川技手、補助として井後書記、馬淵技手が発令された。人夫は道内各地で土木工事が行われていたこと、絶海の孤島での工事に応じる人は少なく、日給を5銭増額し55銭とすることでかき集めた。塩谷技手は、死者や病人が出た前年の反省から、医師を同行させた。

 〇…1897年(明治30年)4月29日、一行120名を乗せた福重丸(234t)が函館を出港。5月3日に択捉島丹根萌に到着した。第一号の電柱は5月7日に建てられ、その日は27本を建てた。

 5月の択捉島 みぞれ混じりの暴風で作業員4人が凍死

〇…その日から、みぞれ混じりの暴風が2日続き、先遣隊としてマンマイに先行した4人が凍死した。塩谷技手は報告書に「本島は極北の孤島にて昼間といえども摂氏3、4度内外、夜間に於いては零度以下。彼らはマンマイまで4哩あまりの積雪中を往復し、遂にこの災いに罹れり。彼らがマンマイを出発したのは午後3時過ぎ、同所に居るものは一泊すべしと勧告したるも聞かず、帰途に就いたという。彼らの遺族に特別手当の下賜あらんことを」と書いた。

 〇…常に霧雨が降り、衣服が乾いていることがない過酷な気象条件で、長期間天幕を張って野宿するため、病人が絶えず、その数は1日15人から20人にもなった。風邪、脚気、腸カタル、マラリアなどであった。5月5日に丹根萌で着工し、留別までの120kmを90日でやりとげ、9月6日には紗那まで到達。終点の蘂取は11月8日、6カ月余りを要して択捉島全島の電信線建築工事が完了した。

・線路延長 208km

・工費   30,784円

・工夫給料 2,006円

・傭人給料 10,934円

・電柱   9,498円

・器具材料 347円

・運搬費  3,623円

・雑費   1.387円

・旅費   2,985円       

 

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国後島・植沖には戦前、日本が建てたとみられる電柱が10本ほど残っている

 

国後島に電線総延長145km、電柱2,417本建つ

〇…一方、国後島の工事は1897年(明治30年)4月28日、ノツエト崎から開始。泊を経由して東海岸の東沸に出て北上、6月4日に乳呑路に達した。低地や湿地では電柱を埋設する穴を掘ると水が湧きだし、水をかきだすのに苦労した。6月に入ると地勢は急峻になり、天候は雨か霧のため道はぬかるみ、馬の腹が泥につくくらいで、移動に難儀したが、工事は7月15日に完了。線路延長145km、電柱総数2,417本だった。

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逓信省がイギリスで建造した敷設船「沖縄丸」

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根室海峡25kmと国後水道36kmに海底ケーブル敷設

〇…根室国後島の間の根室海峡国後島択捉島の間の国後水道に海底にケーブルを敷設する作業が並行して行われた。イギリスで建造させた敷設船「沖縄丸」が海底ケーブルの根室側の起点に決まっていた標津村三本木に到着したのは1897年(明治30年)8月16日だった。標津川左岸の河口近くに、海底ケーブルと陸線をドッキングさせる陸揚室を造り、国後島ノツエト崎との間の25.48kmに海底線を敷設した。沖縄丸は国後水道に移動し、20日には択捉島の丹根萌と国後島のアトイヤ岬間35.86kmを敷設。国後島択捉島の陸線架設部隊が張り巡らせた電信線とつながり、1897年(明治30年)10月1日には根室から択捉島・紗那の間で電信事務が開始された。

 〇…国後島択捉島の電信線新設費の決算額は21万8,808円で、予算額22万1,798円を下回ったものの、工事中に6人の死者を出しての完成だった。自ら択捉島の架線工事に従事して、その後紗那郵便電信局の初代局長となった深野一友は「2カ所の海底線と長路の陸線を含み、島内疾風多く砂を吹き上げ碍子に付着するため漏電が多く、時々通信不全を来す」と報告書に書いている。

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海底ケーブル敷設作業(資料写真)