ウクライナ侵攻が続くロシアで、極東サハリンで楽しめる「日本観光」が脚光を浴びている。欧米との関係悪化で海外旅行に行きにくくなる中、異国を感じられる戦前の日本統治時代の名残が魅力になっているからだ。日ロ政府間の関係は悪化の一途だが、旅行会社は積極的に日本とのつながりを伝え、サハリン州政府も日本関連の施設の保存や活用を本格化させている。(北海道新聞2024/8/4)
旅行客でにぎわうサハリン州立郷土博物館。日本の城の天守閣のような外観が人気を集める=7月28日
「まるで日本で城を見ているよう。美しい」。7月下旬、ハバロフスクから訪れたアナスタシアさん(45)は、州都ユジノサハリンスク中心部の州立郷土博物館を見上げ、感嘆の声を上げた。
日本統治時代の1937年に建設された郷土博物館(旧樺太庁博物館)は、瓦屋根で天守閣のような外観が特徴。アナスタシアさんは「90年近く現役なのは日本の技術も感じる」とうなった。
コロナ禍と2022年2月のウクライナ侵攻を受け、日米欧と結ぶ空路の直行便が止まり、国民は国内観光にシフト。連邦統計局の推計ではサハリンへの旅行者数も22年に約30万人、23年に約51万人と大きく伸びている。
サハリン観光を支える一つが、郷土博物館など各地に散らばる日本統治時代の遺構。ほかにも王子製紙の貯水池だった旧王子ケ池があるガガーリン公園(旧豊原公園)など、現存するものは街に溶け込み、市民と旅行者の双方に親しまれる。
観光のもう一つの柱となる自然ツアーでも「日本」は欠かせない。
「日本人は神様に気づいてもらおうと、石をコンコンと鳴らしてお祈りしていた」。7月中旬、サハリン南西沖のモネロン島。島のガイドが、モスクワからのツアー客らに日本統治時代の暮らしぶりを解説していた。
透き通る海でのダイビングや手つかずの自然が人気のモネロン島=7月16日
戦前は海馬島と呼ばれたモネロン島。現在は透明度の高い海を生かしダイビングなどで観光活用が進むが、旅行業関係者は「昔の日本文化を伝えることで島の神秘的な魅力が増す」と話す。
透き通る海を臨む海岸部に宿泊者向けロッジなどが整備されたモネロン島=7月16日
夏に20種類近くの日帰りツアーを用意するサハリンの旅行会社サフトラベルによると、人気の上位は日本関連という。樺太時代のカキなどの増殖記録が残るブッセ湖(遠淵湖)での食体験や、サハリン南東端の岩場にあり陸から入れないアニワ灯台(旧中知床岬灯台)への訪問などだ。
サハリン島南東端の岩場に建てられたアニワ灯台。朽ちた灯台にロープで登る冒険感が人気だ=2023年7月
担当者は「今夏のアニワ灯台ツアーは休日、平日を問わず毎日60人が参加し、この2年で2倍になった」と話す。ユジノでは15社以上が同じツアーを手がける人気だ。
ただ、老朽化も進む。州政府は4月、国防省から移管されたアニワ灯台の修復を開始。ラザレフ州観光相は「修復により世界で最も神秘的な灯台をずっと堪能してもらえる」と強調する。
ブッセ湖も人気のあまり、水産資源の枯渇が問題化。州政府は昨年、湖での水産物増殖や生態系の保護に取り組む事業者を初めて公募した。郷土博物館も雨漏りに悩まされており、観光資源の保存に向けて予算の確保も課題となっている。