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択捉島・紗那 「プーシキンの日」に野外朗読会

ロシアの偉大な詩人アレクサンドル・セルゲイヴィチ・プーシキンの誕生日にあたる6月6日、択捉島リリスク(紗那)の芸術広場で、プーシキンの朗読会が開催された。数十人の島民が参加し、ステージに設けられたオープンマイクに立ち、それぞれお気に入りの一節を朗読した。ロシア女性同盟と統一ロシア党の地方支部などが主催した。2011年にロシア大統領が6月6日のプーシキンの日を「ロシア語の日」と定める法令に署名した。この記念すべき日は「ロシア国民の国家遺産、国際コミュニケーションの手段、そして世界の文化的・精神的遺産の不可欠な部分としてロシア語を保存し、支援し、発展させるため」に制定された。(エトロフ・ニューステレグラム2023/6/6)

プーシキンが偉大である10の理由(ロシア・ビヨンド202/6/6より)

 6月6日は、ロシアの大詩人アレクサンドル・プーシキンの誕生日、そしてロシア語の誕生日。誰もがなぜプーシキンを知らなければならないのか、またなぜプーシキンロシア文学の最重要な財産なのかを、ロシア・ビヨンドがご説明する。

7.真理のために苦しんだ。

 プーシキンは彼の頌詩『自由』のために、数年間を流刑地で過ごした。この詩にこんな一節がある。

専制の悪者よ、/お前を、お前の玉座を、私は憎む、/お前の滅亡を、子供らの死を/きびしい喜びとともに見つめる」 

 アレクサンドル1世は最初プーシキンをロシア南方に追放し、その後、プーシキンの領地ミハイロフスコエ村(プスコフ州)への蟄居を命じた。プーシキンは多くのデカブリスト(立憲と市民の自由を要求した革命家たち)と交友関係にあり、もし流刑になっていなかったら、おそらく1825年にペテルブルグで敢行されたデカブリスト蜂起に参加していただろう。

 彼は皇帝打倒に与する者ではなく、ただ自由と各人の個人的空間を擁護し、検閲と戦ったにすぎなかった。