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北方四島の自然保護 現状憂う 酪農学園大・笹森特任准教授が寄稿 調査、良好な日ロ関係こ

 ロシアのウクライナ侵攻を機に、中止や見送りに追い込まれている根室管内北方領土との交流。2000年から5年間、「生態系専門家交流訪問団」の海洋生物調査員として、根室を拠点にビザなし交流で、北方領土周辺海域の動植物の生態を調べる調査に計6回参加した酪農学園大学の笹森琴絵特任准教授は、自然保護の観点からも現状を憂いている。笹森特任准教授の手記を紹介する。(北海道新聞根室版2022/10/13)

 切り立つ断崖に寝そべるトドの群れ。ふわふわの毛の赤ちゃんを腹に乗せてぷかぷか浮かぶラッコの母。パタパタと羽ばたいて船を追い越して行くエトピリカたち。高々と尾びれをあげて深海へと狩りに向かうマッコウクジラに、うっそうとした森を背景に悠然と泳ぐシャチの群れ。00年7月。私たち調査団が目にしたのは、まさに「野生の楽園」だった。

 初めて北方四島を意識したのは、00年1月。北海道新聞紙上で、堂々たるシャチの姿を見た時だ。記事には「1999年に択捉島調査で撮影」とあり、「行ってみたいなあ」と切に願ったことを思い出す。半年後、そんな私にチャンスがやってきた。ビザなし渡航枠での「北方四島海獣類と鳥類専門家交流訪問団」(現NPO北の海の動物センター主催)に鯨類調査員としてお呼びがかかったのだ。こうして始まった私の四島通いは、2005年まで続いた。

■互いの立場尊重

 日ロ専門家交流の成果は調査主催団体や参加者らによってさまざまな形や時と場所で公表され、その驚くべき自然の豊かさを社会に伝え続けている。他方で「知床の世界遺産を拡張して登録し、当該海域の保全を」という調査団の願いはいまだかなわず、近年に四島を訪れた仲間によれば、活発になる人間活動が海の姿を刻々と変えつつあるという。

 この調査の「基地」が、根室だった。ロシアが実効支配する地・海での調査が安全に実施できたのは、主催団体などの尽力はもとより根室と四島に暮らす人々の相互関係が良好だったからだと、現在の情勢を見るとよくわかる。互いの立場を尊重し友好的であろうという気遣いが新旧の島民同士の交流を血の通ったものとし、ひいては共通の宝である海の保護にもつながっていたのかもしれない。

■切実な苦悩実感

 当初は返還運動の詳細も知らぬまま調査に参加した私も、回を重ねるごとに根室の人々の苦悩の切実さを実感するようになった。元島民の皆さんの目指すゴールは島、つまり自分たちに属する土地や先祖の眠る墓の奪還と一義的に捉えられがちかもしれない。けれど彼らが真に奪われたのは家族との思い出がつまった故郷であり、あの地に根を張って生きた者としての誇りではないだろうか。

 ならば取り戻したいのは、人生そのものだ。当事者の立場に立って思いを至らせば、訴えかけてくるものの様相はがらりと変わる。

 鮮やかに脳裏によみがえる四島の自然、この心に深く刻み込まれた島民たちの思い。双方に愛着と思慕を抱く私は今、やるせなさに包まれている。悔しさと悲しさ、そして希望を抱いて忍耐強く闘ってきた者たちの意思と努力が、再び「大きな波にのみこまれる理不尽」が繰り返されるのでは、あまりに切ない。

 森と海に抱かれた島々は、どんな未来に向かっているのだろう。

ささもり・ことえ 2000~06年の日露合同北方四島専門家交流で鯨類調査担当。6カ国合同中国揚子江調査、日タイ合同ジュゴン調査など国内外における調査活動多数。現在、酪農学園大学特任准教授、国際観光学研究センター客員フェロー。室蘭在住。