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エビの味、忘れられない 歯舞群島勇留島出身の石橋ツルさん(86)=根室市=<四島よ私たちの願い 日ロ交渉停止>6

 「エビが揚がったよ」。歯舞群島勇留島出身の石橋ツルさん(86)=根室市=は、大漁のホッカイシマエビをかごいっぱいに入れて帰宅する両親の声を覚えている。きょうだいと一緒に殻をむいて出荷の手伝いを終えると、真っ赤なエビが食卓に。しょうゆをかけて温かいご飯とほおばると、たまらなくおいしかった。9歳のころだった。(北海道新聞根室版2022/9/17)

 島では、漁師だった両親が取るエビやサケ・マス、ホタテといった海産物が豊富にあった。その状況は、1945年8月の旧ソ連の侵攻で一変。自由に漁ができなくなり、まれに父が夜に船を出す程度に。「ソ連が来なければ、こんなことにはならなかったのに」。そう思った。

 旧ソ連の施政下、苦しいことばかりではなかった。ソ連兵は2人組で石橋さんの家を訪れては「マーリンケ(子どもたち)、食べなさい」と、チョコレートやあめ玉をくれた。恐怖心は薄れ、「悪い人じゃない。優しい人なんだ」と思った。

 その生活も長くは続かず、一家は2年余り後、樺太経由で函館へと強制送還され、根室に移った。だが、根室で食べたホッカイシマエビは、あの頃、島で食べた味と何かが違った。「島のエビは大きくてぷりぷり。濃い味がした。あのエビをまた食べたい」

 2019年に自由訪問で渡った勇留島は、砂浜が浸食され、集落は草に覆われて見る影もなかった。再び勇留島を再び訪れたいとは思わない。「また行ったらがっかりしてしまうから」。豊かな島は、記憶の中にだけ息づいている。(武藤里美)