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「30年の交流は何だったのか」 ビザなし破棄で遠のく島 元島民落胆

 ロシア政府が北方領土ビザなし渡航のうち、ビザなし交流と自由訪問の二つの合意の破棄を発表したことを受け、道内の元島民らからは「30年の交流は何だったのか」「もう故郷の島に行けないのか」と悲痛な声が上がった。北方領土の返還につながることを願い、ロシア人島民との相互理解を深めてきた根室管内の関係者の落胆は特に大きく、「せめて墓参だけでも行きたい」と切実な声が広がった。(北海道新聞2022/9/7)

■「せめて墓参だけでも行きたい」

 「ウクライナ情勢が落ち着けば、自由訪問もビザなし交流も再開できると期待していた。合意の破棄はショックで、残念で、悲しくてならない」。国後島出身の古林貞夫さん(83)=根室市=は肩を落とした。

 1992年に始まったビザなし交流には、これまでに日本人と四島のロシア人島民延べ計2万4488人参加。北方領土を巡る主権問題を棚上げし、旅券(パスポート)や査証(ビザ)を使わない形で相互訪問し、スポーツや文化など幅広い交流を続けてきた。99年にスタートした自由訪問では元島民やその家族計5231人がふるさとの集落などを訪れてきた。

 根室市内の道立北方四島交流センター(ニ・ホ・ロ)には、30年間の交流の様子を記録した分厚いアルバムが24冊展示されており、元島民や関係者には「ビザなし交流によって、住民同士に信頼関係が生まれた」との声は強い。

 それだけにロシア政府が一方的に合意の破棄を発表したことへの衝撃は大きい。ビザなし交流などに16回参加し、ロシア人島民のホームステイも受け入れてきた歯舞群島多楽島出身の福沢英雄さん(82)=根室管内標津町=は「言いようのない寂しさ、むなしさを感じる」と絶句した。

 「残念という言葉では言い尽くせない」。歯舞群島志発島元島民2世で、根室市民でつくる交流支援団体「ビザなしサポーターズ たんぽぽ」代表の本田幹子さん(64)も唇をかんだ。同団体はコロナ禍でビザなし渡航の中止が続く中、ロシア人島民とのオンライン交流会なども行ってきており、本田さんは「ロシア人島民も喜んでないはずだ。ウクライナでの戦争が終わり、交流が元の形に戻ってほしい」と願った。

 国後島元島民2世の鈴木日出男さん(70)=同管内羅臼町=は「交流の一方的な破棄は納得できないし、受け入れられない」。母親が多楽島出身の倉賀野弘行さん(66)=札幌市北区=は「島に行けなければ、元島民の記憶を継承することがますます難しくなる。日本政府は再開に向けてロシアと粘り強く交渉してほしい」と語った。

 ロシア政府は今回、北方領土墓参の合意は破棄しなかったが、日ロ関係の悪化を受けて実施の見通しは立っていない。元島民の平均年齢は86歳を超えており、千島歯舞諸島居住者連盟の河田弘登志副理事長(87)=多楽島出身、根室市=は「墓参までなくなれば、人道的に大問題だ。私たちには本当に時間がない。両国政府は早く話し合いを再開し、なんとか状況を好転させて」と話した。(武藤里美、川口大地、小野田伝治郎)