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北方四島の「証し」 後世に ~戦後77年 いま見つめる北海道の記憶③~

2021年2月に亡くなった歯舞群島多楽島出身の東狐貢さんの十八番芸—元島民が集う懇親会で、おじいさんがコンブ採りの時に着ていた作業着「ドンザ」をまとい、古里の多楽島をひもで手繰り寄せ、会場を湧かした。

島の記憶
 77年前、北方四島に旧ソビエト軍が侵攻し、当時、住んでいた1万7291人が島を追われました。すでにおよそ7割の人が亡くなり、元島民の平均年齢は86歳を超えています。島に生きた「証し」を後世に伝え、残すため、今、新たな取り組みが進められています。(NHK北海道2022/8/15)

 今から77年前、昭和20年(1945年)。択捉島国後島色丹島、それに歯舞群島北方四島終戦後の8月28日から9月5日までの間に旧ソビエト軍に占領されました。当時、四島に住んでいた日本人は1万7291人。占領後、島を終われることになりました。

 今年3月末時点で、このうち、およそ7割にあたる5474人が亡くなり、元島民の平均年齢は86歳を超えています。島の記憶を後世にーー。北方領土問題の発信を行う独立行政法人の「北方領土問題対策協会」は、去年10月、元島民や遺族に呼びかけ、資料を集める新たな事業を始めました。

 元島民や遺族から寄せられた資料の一部を見せてもらいました。歯舞群島多楽島で昭和10年に撮影された集合写真は、先生たちと一緒にかしこまった様子で並ぶ子どもたちが写し出されています。島の豊かな自然は子どもたちの遊び場だったといいます。

 かがんで作業をする人たち。択捉島でサケの加工をしている様子を写した写真です。昭和14年に撮影されました。当時、島には漁業をなりわいとする人が多く暮らしていたと言います。作業を手伝っているのでしょうか、子どもたちの姿も写っています。

確かにそこにあった人々の暮らし。それは、77年前、突如、断ち切られました。

 協会には、こうした写真のほか、北方四島について記した地図や島民の手記など、これまでに計16人・14団体から540点が寄せられています。

 「近年、元島民の高齢化がいっそう進み、多くの方が亡くなられるという現状の中で、遺品の価値について、必ずしも遺族がその価値を知っているわけではありません。破棄してしまうという残念なケースもあり、中にはインターネットオークションにそういったものが出品されているものもあるというのが現状です」(北方領土問題対策協会・渡辺憲司上席専門官)。

多楽島の『どんざ』

 協会に寄せられた資料の1つに「どんざ」と呼ばれる漁師の防寒着があります。歯舞群島多楽島から持ち帰られられたものです。

ところどころ傷んではいますが、生地をつぎはぎしながら大切に使われてきた様子がうかがえます。

 この「どんざ」を寄贈したのは根室市に住む岩崎美和子さんです。

「どんざ」は、去年、92歳で亡くなった美和子さんの父で多楽島出身の東狐貢さんが保管していました。「父から聞くところでは、ひいおじいちゃんから受け継いできたもので、父としては島の大切な宝物だったようです」(岩崎美和子さん)

 遺品の整理をしていた美和子さんに寄贈を勧めたのは貢さんと同じ多楽島出身の河田弘登志さんでした。「東狐さん、よくこの『どんざ』を持っておったなと。貴重品ですよ。私の家にだって、そういうような島で使ってた物というのはないもんね。島から持ち出せた物と言っても、当時、しれてたから」(河田弘登志さん)

昆布の匂い

 貢さんは、元島民の集まりや祝いの席に「どんざ」を着て出席していました。生前、貢さんは、「どんざ」への思いをNHKの取材に語ってくれていました。「おじいちゃんが着てたものでね。昆布を担いだり、引っ張ったり。抱えた昆布の匂いが、この『どんざ』にしみてるんだ。これを着て働いてたのを今でも忘れない」(故・東狐貢さん〔平成28年(2016年)放送〕)

 島の記憶が詰まった父親の遺品。娘の美和子さんは、「どんざ」が伝える島の記憶を次の世代に引き継ぐため、協会に寄贈することを決めました。「こういうふうに島で使っていたものを提供して、みなさんに見てもらえるんだったら、その方がいいよね。役に立つんでしたら」(岩崎美和子さん)

 77年前、侵攻によって途絶えた島の暮らし。資料収集を始めた北方領土問題対策協会は、元島民の高齢化が進む中、このままでは島に生きた「証し」が失われかねないと危機感を募らせています。「早く資料を集めないと、どんどん散逸し、滅失してしまう。後世に確実に伝えていくことが非常に大事になっています」(北方領土問題対策協会・渡辺憲司上席専門官)

 「北方領土問題対策協会」では、随時、寄贈を受け付けています。寄せられた資料は協会が保管し、北方領土問題について理解を深めてもらうための企画展示などの場でも活用されることになっています。(札幌局記者・眞野敏幸)