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北方領土「置き去り」懸念 日ロ関係悪化、安倍元首相も死亡 元島民ら「対話の窓口残す努力を」

 北方領土の元島民が、領土問題に対する政治の関心の低下に危機感を募らせている。ロシアによるウクライナ侵攻で日ロ関係がかつてなく悪化し、平和条約締結交渉は再開の見通しも立たない厳しい状況だ。にもかかわらず、参院選では話題にならず、岸田文雄首相は選挙後の記者会見でも全く言及しなかった。日ロ交渉に意欲的に取り組んだ安倍晋三元首相が8日に銃撃されて死亡したこともあり、元島民は「このまま北方領土問題は忘れ去られてしまうのではないか」との懸念を強めている。(北海道新聞2022/7/19)

 「政治家が誰も北方領土の話をしなくなった。自分が生きている間の解決はないのだろうか」。歯舞群島多楽(たらく)島出身の網谷博さん(88)=稚内市=は落胆した。

 与党が圧勝した参院選翌日の11日の会見で、首相は「安倍元総理の思いを受け継ぎ、特に情熱を傾けてこられた拉致問題憲法改正などの難題に取り組む」と表明。安倍氏が「終止符を打つ」と繰り返してきた北方領土問題については、何も語らなかった。

 ウクライナ侵攻後、日本政府は欧米と共に対ロ制裁を発動。ロシアは対抗措置として、日本との北方領土問題を含む平和条約締結交渉を拒否すると発表した。北方四島ビザなし交流や自由訪問事業も停止され、元島民は事実上、故郷を訪れる手段を失った。

 網谷さんは1947年に島を離れて以来、2018年の北方領土墓参で初めて生家があった多楽島南部の古別を訪れた。再訪の機会を心待ちにしているが、実現できていない。

 ウクライナ侵攻という暴挙が続く中、日本政府がロシアと平和条約締結交渉を行うことは難しい。それでも「高齢の元島民には一日、一時間が惜しい。政府は北方領土問題を真剣に考えてくれているのか」。網谷さんは絞り出すように言った。

 「このまま四島へのビザなし渡航が途絶えてしまったら、北方領土返還要求運動も風化してしまう」。国後島元島民2世の原田純子さん(69)=根室市=は、焦りを隠さない。

 06年の自由訪問事業に参加し、初めて両親の家があった国後島南東部のポンキナシリを訪れた。草むらをかき分け、記憶を頼りに道なき道を先導する元島民がいなければ、墓地や集落があった場所にはたどり着けなかった。

 16年にも国後島を訪れた原田さんは「両親が住んでいた場所に行ったからこそ、私は返還運動に深く関わるようになった。後継者が島へ足を踏み入れる意味は大きい」と語る。

 終戦時に約1万7千人いた元島民は5500人を下回り、平均年齢は6月末に86・9歳に達した。日ロ間の対話が途絶える中、元島民から後継者への「記憶の継承」は難しさを増している。原田さんは願う。「いつか交渉を再開できる時が来るはずだ。政治にはロシアとの対話の窓口を残す努力は続けてほしい」(武藤里美、村上辰徳)