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袋小路の北方領土問題「プーチン後」もにらんだ備えを

 ロシア外務省が北方領土問題を含めた日本との平和条約締結交渉の打ち切りを表明した。ウクライナに軍事侵攻したロシアに対し、米欧とともに厳しい経済制裁を科す日本への報復措置だ。ウクライナではロシア軍が民間人を大量虐殺した疑いも浮上しており、日本政府は対ロ制裁圧力をさらに強める意向だ。プーチン政権下での北方領土問題の解決は不可能となったが、対処法はないのだろうか。(日本経済新聞2022/4/7)

「日本政府に責任」と非難

 「すべての責任は日本政府にある」。ロシア外務省が3月21日に出した声明は、日本がロシアとの互恵協力と善隣の発展ではなく、反ロの路線を選択したと非難。平和条約交渉に加え、北方領土での「ビザなし交流」などの人的交流、共同経済活動に向けた協議も停止すると通告した。

 日ロが長年続けてきたビザなし交流まで停止するのは遺憾だが、平和条約交渉自体はウクライナ侵攻前から完全に失速していたともいえる。

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 プーチン政権下での日ロの領土交渉を簡単に振り返ってみよう。

2000年に大統領に就任したプーチン氏は当初から、日本とソ連の両議会が批准した1956年の日ソ共同宣言は法的に有効だと表明。その履行は「義務だ」とし、日ロ協議の柱に据える方針を示した。56年宣言は平和条約締結後に、北方四島のうち歯舞群島色丹島の2島を日本に引き渡すと規定している。

東京宣言に否定的なロシア

 一方でプーチン氏は、択捉、国後両島も含めた4島全体の帰属問題の解決を明記した93年の東京宣言の踏襲には否定的だった。プーチン政権下の日ロの公式文書で、東京宣言が記載されたのは2003年1月の共同声明が最後だ。プーチン氏は05年11月の来日時には、東京宣言を合意文書に盛りこむことを拒否。共同声明の発表が見送られた経緯がある。

 4島返還を求める日本側は、プーチン氏の提案にさほど乗り気ではなかった。18年になって、当時の安倍晋三首相が方針を転換。同年11月のシンガポールでの首脳会談で、56年宣言を基礎に交渉を加速することで合意した。しかしプーチン氏は、4島が第2次世界大戦の結果、ソ連領になったと日本が認めるのが先決だと主張。日米安全保障条約など安保問題の懸念も挙げ、交渉のハードルを一気に高めた。

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 さらにプーチン氏は20年、国民投票憲法改正を断行。自らの大統領再選に道を開くとともに、「隣国との国境・境界画定を除き、ロシアの領土割譲に向けた行為や呼びかけを許さない」とする領土割譲の禁止条項を新たに加えた。

厳しさ増すロシア国民生活

 日ロ協議は袋小路に入っていたわけで、ロシア外務省の声明は「事実上の(交渉中断)状態を公式的なものにしただけだ」(ロシアの日本専門家ドミトリー・ストレリツォフ氏)との指摘も出ている。

 ウクライナ情勢がどう決着するにせよ、プーチン政権下での日ロの平和条約交渉は困難だろう。ただロシアでは、ウクライナ侵攻に反対する市民も少なくない。日米欧の厳しい対ロ制裁で、国民生活も厳しさを増す。政権側は徹底した情報統制と弾圧で批判の声を封じ込めているものの、盤石とされたプーチン体制のほころびが早晩、顕在化するとの見方は根強い。

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 さらにウクライナでは、侵攻したロシア軍が首都キーウ(キエフ)近郊の複数の都市で、罪のない多数の民間人を虐殺した可能性が浮上している。事実なら明白な「戦争犯罪」であり、断じて黙認できない。真相究明のうえ、責任者は厳しく糾弾されなければならない。国際社会が対ロ制裁圧力を強めるのは当然で、プーチン政権への風当たりはますます強まるだろう。

 日本政府は22年版の外交青書で、北方領土を日本の「固有の領土」とし、「ロシアに不法占拠されている」と明記するという。今後の交渉方針についても、プーチン政権後を視野に、見直しておくことが肝要だ。

 プーチン氏は安倍元首相と頻繁に首脳外交を重ねたが、非公式の会談が中心で、公式の合意文書となる共同声明はほとんど採択していない。「56年宣言を基礎に交渉を加速する」としたシンガポール合意も、共同声明にはなっていない。

 プーチン政権下で日ロ首脳が最後に共同声明を採択したのは、安倍首相(当時)の13年4月の訪ロ時だ。そこでは東京宣言に直接言及していないものの、03年の共同声明を含めた「全ての諸文書及び諸合意」に基づいて平和条約交渉を進めると明記。東京宣言の有効性を担保している。

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 ウクライナ侵攻を受けた国際社会の対ロ制裁により、ロシア経済がいずれ相当疲弊していくことは間違いない。「ソ連崩壊時のようにロシアが苦境に立たされれば、交渉のチャンスとなる」(防衛研究所の兵頭慎治政策研究部長)。経済混乱が続いたソ連末期やロシアのエリツィン政権時代は北方領土開発もままならず、地元のロシア住民の間でも日本国籍の取得を望む声が出ていた。

 日本としてはプーチン政権の対日外交の弱みを突き、4島全ての帰属問題を対象とする東京宣言を基礎にした交渉方針への回帰を明示。「プーチン後」の日ロ交渉の再開に備えるべきだろう。(編集委員 池田元博)