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ビザなし交流30年 友好の島「脱日本化」の波

 子ども連れの買い物客らが、次々と行き交っていた。

 1月下旬、約7900人が暮らす北方領土最大の町、国後島・古釜布(ユジノクリースク)の中央広場。この場所で1992年5月、日本本土からビザなし交流で初めて訪れた日本人45人を出迎えたクララ・ベリコワさん(82)は、懐かしそうに振り返った。

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1992年に古釜布の広場で開かれたビザなし交流の歓迎会。左奥に現在のショッピングセンターが建った

 「コンサートで合唱し、歓待した。日本と南クリール(北方領土)の間に『友好の橋』ができると思ったのを覚えている」

 領土問題の解決に向けた相互理解の促進を目的に始まったビザなし交流。91年の旧ソ連崩壊で、経済的困窮が深まっていた島民には救世主として日本への期待が大きかった。

 チャーター船で北方領土を訪れる日本人の出入域手続きが行われる古釜布は、日ロ交流の玄関口となった。それから今年で30年。島は実効支配するロシア政府のてこ入れで開発が進む。

 かつてレーニン像しかなかった中央広場は公園に整備され、閑散としていた周辺には昨年12月、国後島初のショッピングセンターが開業した。日本でも昨年公開されたドキュメンタリー映画「クナシリ」の中で、「トイレがない家」として紹介された老朽化した住宅が取り壊され、跡地に建設された。

 ショッピングセンターは2階建てで、北方領土を事実上管轄するサハリンの州都ユジノサハリンスクなどから、スーパーや家電量販店、衣料品店が出店。買い物に訪れた主婦(39)は「私が好きなタイ産のココナツミルクなど、今まで島で探して見つからなかったものが売っている」と満足げに話した。

 家電量販店にはテレビや冷蔵庫、パソコンなどが並び、品ぞろえは州都とほぼ変わらない。物がなく、島民がビザなし交流で訪れる根室での「買い物ツアー」を頼りにしていた時代とは、隔世の感がある。

 ここ10年で人口が約2千人増えた島では毎年数棟、新築アパートができている。ただ、建設が続くのは、人口増だけが理由ではない。いまだに旧ソ連時代の古い住宅で不自由な生活を送る人が多くいる現実があるからだ。

 「暖房は石炭ストーブ。壁に穴が空き、とても寒くつらかった」。70年代に建った木造住宅から昨年末、ようやく新たなアパートに入居できたタクシー運転手(38)は打ち明けた。2016年に新築住宅に移った女性(68)は「築5年なのに外壁がさび、窓に隙間ができた。造りがいいかげん」と不満をこぼした。

 コロナ禍で、ビザなし交流が19年を最後に途絶えて2年余り。「今や日本を頼りにせず発展できる」。町は以前にも増してそんな声が聞かれたが、島を歩くと島民たちの複雑な思いも見えてきた。

(北海道新聞2022/2/5、ユジノサハリンスク 仁科裕章、国後島の取材と写真はマリヤ・プロコフィエワ助手)

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