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カムチャツカの環境汚染の原因は何なのか?

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 ロシア最東端のカムチャツカ半島で海洋汚染の疑いが出ている。ソーシャルネットワークでは、太平洋沿岸で、海洋生物の死骸を映した写真が投稿され、地元のサーファーたちは吐き気と角膜の痛みを訴えている。(ロシア・ビヨンド2020/10/6)

 9月半ば、カムチャツカのサーファー、アントン・モロゾフさんは、奇妙な体調の異変に襲われた。角膜の濁り、目の渇き、痛み、そして膜が張ったような感覚。さらに喉の痛みを感じ、体が浮腫み、靭帯も損傷した。モロゾフさんは長年、カムチャツカを代表するハラクティルスキービーチにあるサーフィンキャンプでサーフィンをしてきたが、このような体の不調を感じるのは初めてのことだという。海水も何かこれまでとはまったく違う味がするようになった。塩からくなく、苦いのだという。「しばらくして、キャンプにいるサーフィンをよくする20人が中毒症状を訴えましたが、腸の炎症だと思っていました。しかしそれも、これまでにはなかったことでした」とアントンさんは話す。

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 そのとき、サーファーたちは、プランクトンか何かによる海中の生物学的な作用によるものだと考えていた。皆、嵐が来れば、すべての問題は解決するだろうとその日を待った。しかし9月29日の嵐の後、状況はさらに悪化した。そしてソーシャルネットワーク上に、カムチャツカ沿岸部のあちこちで、巨大で珍しいタコなどの軟体動物など数百もの海洋生物の死骸(なかにはアザラシ1頭も)が映された写真や動画が投稿されるようになったのである。

 モロゾフさんによれば、最近、海水はさらに濁って、どろっとしてきたという。そして体調の異変は、水に触れていない人にまで現れるようになった。

 9月29日の時点で、地元政府は専門家を派遣し、サンプルの採取を指示していた。サンプルを分析した結果、海水の石灰酸が許容限度値の2倍、石油製品は4倍に上ることが分かった。しかし、これだけでは、何が原因で、流出の源がどこなのかを特定することはできなかった。

 そして10月4日、さらなる分析を行うため、モスクワにさらに250キロものサンプルが運ばれた。海水、砂、そして生物の死骸などである。

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公式見解

 カムチャツカ政府は現段階で、海洋汚染の原因として3つの説を挙げている。1つは有毒物質の流出による技術的災害。カムチャツカ州のアレクセイ・クマリコフ天然資源・環境相代行は、「サンプルの抽出の際に、ビーカーのガラスが薄黄色の油性の成分に覆われていた。同僚らの見解によれば、これは工業用油に似た汚染物が含まれている可能性があることを物語っている」と述べている。ちなみに、海水の中に含まれていることが分かった石灰酸は、ロシアでは石油を精製する際に、設備を用いて不純物を除去するときに使われることが多いものである。

 もう一つの説は、これらはすべて自然現象によるもので、人間の活動との因果関係は一切ないというものである。カムチャツカ州のウラジーミル・ソロドフ知事は、ブリーフィング会見で、「嵐とともに、海藻類が沿岸線に打ち上げられたという説が出てきている」と述べている。そして3つ目の説は、火山現象による地震活動によるというものである。

 しかし、地元住民の間では、それとは異なる仮説も出てきている。たとえば、軍事基地からのロケットの燃料の流出、あるいは近くに位置する発射場からの有毒物質の流出といったものである。

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化学製品説

 サーフィンスクールの管理者で、体調不良を感じた一人であるエカテリーナ・ドゥイバさんは、フェイスブックに投稿し、その中で、「ハラクティルスキービーチで、最初に体調不良を訴えた人が出たのと同じ時期に、海上で軍事演習が行われていた」と書いている。

 これは、最新のボレイ型原子力潜水艦を有するロシア海軍原子力潜水艦の基地を指している。北大西洋条約機構NATO)の分類で「スズメバチの巣」と呼ばれている基地で、ビーチから50キロの場所にある。また演習が行われていたロケット発射場ラディギノは18キロ離れたところにあるが、ここには1998年からおよそ300トンのロケット用燃料が保管されている。

 しかしながら、太平洋艦隊本部は、ラディギノ発射場では、6月以降、海上を含め、重火器を用いた演習は一切行なっていないとしている。しかし、新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」に匿名を条件に情報を提供した消息筋は、この発射場からの燃料の流出が主要な説として挙がっていると述べている。

  海洋汚染の原因としてもう1つ疑わしいと指摘されているのがコゼルスキー有毒物質演習場である。とりわけ、1ヶ月前の9月9日に、突然、水が黄色くなったハラクティルカ川の衛星画像をグリーンピースがインターネット上にアップした後、こうした声が高まっている。この演習場は、ナルィチェワ川の支流の畔、ビーチの反対側に位置している。この施設に関しては、数トンの有毒廃棄物(少なくともヒ素20トンと大量の水銀)が保管されているということ以外、ほとんど情報が明らかにされていない。

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 地元のメディアによれば、有毒物質の保管庫からの流出事故はすでにあったという。 地元農家のアナトーリー・フェドルチェンコさんは、2006年に、「20トンのヒ素というのは、太平洋北海域全体を害するに十分な量である」と述べていた。もっとも2010年にこの演習場は活動を停止しているが、現在、追加的な調査が行われている。

  カムチャツカ州のソロドフ知事は、10月5日、インスタグラムの中継で、「コゼルスキー演習場が、政府のどの機関の管轄にも入っていないことを今日知り、驚いた。この状況を改め、法的地位を定め、演習場の責任の所在を明らかにしたい」と述べた。ソロドフ知事がこのことを知らなかったことは、知事の代行としての任務を果たし始めたのが今年の4月3日で、ヤクーチヤからこの地に移り、知事に就任したのが9月21日であるということで説明されている。

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ラクティルスキービーチ、2020年10月5日

 一方、世界自然保護基金WWF)ロシアは、今回の海洋汚染の原因は有毒物質であると見ている。しかも、その兆候を見ると、汚染は石油の流出の際に見られるような海水の表面ではなく、厚い水の層全体に及んでいる。また間接的な証拠ではあるが、被害に遭い、海辺に打ち上げられているのは、海底の生物や植物であるという。

 WWFロシアで持続可能な漁業プログラムのコーディネーターを務める生物学博士のセルゲイ・コロステレフさんは、「写真に赤い海藻が映っています。この海藻はかなり深い場所(15㍍以下)の場所に生育しており、嵐が来ても影響がありません。そんな海藻が沿岸に打ち上げられるというのは非常に珍しいことです。それもこれほどの量が打ち上げられるようなことは滅多にありません。わたし個人的にも、沿岸でこの海藻を目にしたことはこれまでに一度もないのです」と指摘している。「またこれは、腹足類や、普通は空の状態で岸に打ち上げられる貝類についても言えることです。今回は中身が死んだ状態の貝類が打ち上げられているのです」。

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ビーチで発見された死んだアザラシ

 グリーンピースの活動家たちは、カムチャツカ沿岸部の海水の中に、原因不明のシミ状の汚れを発見している。グリーンピースロシアで気候プロジェクトを指揮するワシーリー・ヤブロコフ氏は、「複数の場所で、海の表面に黄色っぽい泡が観測されているほか、水が濁っています。1カ所で、生物の死骸を見つけました。シミ状―正確には、表面だけでなく、もっと深い場所にも浸透している厚みのある汚れが沿岸沿いに移動しています」と述べている。

 グリーンピースの画像について、知事は、「これは石油のシミではない。淡水が塩水に入り込んだものだ」と説明している。知事は海洋汚染と海洋生物の被害については認めているが、大型の海洋生物では4頭のアザラシだけだと強調した。さらにソロドフ知事は、しかもそのうちの1頭は傷を負っていたとし、「おそらく、シャチに頭から襲われ、胴体が岸に捨てられたのだろう」と述べている。

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カムチャツカ州のウラジーミル・ソロドフ知事が行った記者会見

被害の規模

 実際に、どれくらいの海洋生物が被害に遭ったのか、正確には計算されておらず、被害の規模はこれから評価されることになる。

  一方、最近カムチャツカを訪れたウラジオストクの弁護士、ガリーナ・アントネツさんは、フェイスブックに投稿し、「ハラクティルスキービーチは観光客にも地元の人々の間でも人気の場所です。誰もが、スマートフォンやカメラ、インターネットを使っているはずです。しかし、インターネット上には、出回っている3つの動画しかありません。なぜでしょう。皆、何も見ていないのでしょうか?あるいは、皆のカメラが同時に故障したとでもいうのでしょうか?これに対する最も論理的な答えは、数千もの死骸、海洋生物の墓場、環境汚染、そのようなものは実際にはないからです」と綴っている。

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 大量の生物の死骸などないと主張する人は他にもいる。最近、出張でカムチャツカを訪れたロシア・ビヨンドのフセヴォロド・プーリャ編集長もその一人である。「ハラクティルスキービーチを4キロほど歩きましたが、黄色い水など見ませんでしたし、悪臭も感じませんでした。しかし、ほぼ同じ時期にマヤチヌィ岬の近くにいた同僚たちは、海の方からイヤな臭いがして、頭が痛くなったと言っていました」。その同僚は、タコやアザラシといった大きな生物の姿は見なかったが、複数の場所で、特に大きな傷のない小さな魚や軟体動物を見たと話している。