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8月28日 空挺部隊は悪天候のため、択捉島の天寧飛行場を見つけられなかった

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大陸側にあるソヴェツカヤ・ガヴァニのポストバヤ湾から、択捉島を占領するため空挺部隊が2機の水陸両用航空機「カタリナ」で飛び立った。(※スラヴィンスキーの「千島占領1945年夏」では26日) 2機は択捉島の戦略施設である天寧飛行場(現ペトレル)を占領する任務を帯びていた。しかし、悪天候のうえ正確な地図がなかったことから、択捉島を見つけられず別の場所に着水した。胴体を強く打ち付けたため、機体を損傷し動けなくなった。もう1機は燃料不足のため、大泊に戻るしかなかった。一方、カムチャツカ防衛区軍の部隊は8月28日、シュムシュ島(占守島)とパラムシル島(幌筵島)の南にあるクリル諸島の島々を解放し続けた。この日の目的はクリル諸島中部の最大の島ウルップ島(得撫島)だった。午前中、掃海艇T-334に乗船したグネチコ少将率いる、上陸用舟艇「DS-6」、警備艇「キーロフ」、輸送船「モスカルボ」「レフリゼレーター」を含む大規模な分遣隊はウルップ島北部に接近した。部隊が上陸したが、13,000人いるとみられていた日本軍を見つけることが出来なかった。数日を要したが捜索活動は成功した。同じ日、太平洋艦隊の命令により、ブルンシティン海軍中佐が指揮する掃海艇2隻からなる上陸部隊が択捉島に接近した。択捉島占領部隊は8月27日に大泊(現コルサコフ)を出港した。(※スラヴィンスキーの「千島占領1945年夏」では26日となっている)上陸部隊は留別湾(現クイビシェフスキー湾)に停泊。分遣隊が幾つかの日本の艀を捕獲し、択捉島の海岸に兵を上陸させた。(サハリン・クリル通信2020/8/28) 

https://skr.su/uploaded/6b/c2/69/5a1f2094396448c2445563df9d.mp4

※サハリン・クリル通信の「50度線からのリポート」(75年前にサハリンとクリル諸島を日本軍国主義者から解放し、第二次大戦を終わらせた一連の戦いを過去の日時と連動させて紹介するプロジェクト)から--

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